聖獣もふまる
ベッドの上でひとしきりごろごろしている私の腕から抜け出したもふまるが、私の顔をもちもちした前足でぺしぺし叩いた。
『少しは真面目に話を聞きなさい、ティファナ』
「私はいつも、常に、全力で真面目です……! 全身全霊で、リオス様のことを格好良いって思っています……っ」
もふまるが私に言いがかりをつけてくる。
それは確かに、私はリオス様のことになるとちょっと見境がなくなるというか、落ち着きがなくなるというか、前後不覚に陥ったりする自覚はあるのだけれど。
愛故なので。
それもこれもあれもどれも愛故なので、許されるべき。
リオス様の魅力の前に、あらゆる事象は些少のことに成り下がるのだから。
『その格好良いリオスに、君は殺されて、この国が滅んでしまうのだよ』
「リオス様になら殺されてもいい」
『どうして私の主はこんなに愚かなんだ』
「もふまる……私のことを愚かだって思っているのですか……?」
『恋する愚か者とは君のためにある言葉だ』
私はベッドを転げ回るのをやめて、ピタッと動きを止めると、起き上がった。
転げ回ったせいで、ベッドのシーツやら掛け物やら、可愛いリボンがたくさんついた寝衣が乱れている。
私はもふまるのふわふわの体を掴むと抱き上げて、顔の前に掲げた。
ぶらん、びよんと、うさぎの胴体が伸びている。
うさぎなのに、流暢に言葉を喋ってくるし、私を小馬鹿にしてくるこの子は『聖獣』と呼ばれている。
「リオス様に恋する愚か者。良き褒め言葉です」
『褒めていない』
黒々とした瞳を細めて、もふまるは器用に私を小馬鹿にする表情を浮かべた。
もふまるは私を愚か者と思っているかもしれないけれど、もふまると私は離れられない運命にある。
このアルケイディス王国は精霊王に祝福された国である。
私たちは皆、精霊王の子供であり、国に赤子が産まれると精霊王から祝福を受ける。
その祝福は、『聖獣』という形で赤子の傍に現れる。
それはその人の持つ魂の形といわれており、言わば、その人の片割れ。半身である。
魂を分け合った片割れの動物は生涯その人と共に生きる。
この『聖獣』は、人によって形が違う。
巨大な空飛ぶ獣の場合もあれば、小さな可愛い小動物の場合もある。
爬虫類や魚の形をしている場合もあるし、昆虫の形をしている場合もある。
聖獣は魂の片割れであり、半身である。
そして私たちは聖獣の主であり、私たちの持つ魔力の器が『聖獣』だ。
それぞれの聖獣は、それぞれ特有の力を持っている。
炎を操ることができたり、風を操ることができたり、いろいろだ。
強大な力は悪用される可能性があるけれど、聖獣は意思を持っている。
聖獣の主である人間が間違ったことをした場合、聖獣に従う意思がなければ、命令を聞くことはないし、罪を犯せば自ら望んで消滅してしまう場合もある。
罪を犯し、聖獣を失った者は『片割れなくし』と言われていて、この国では最も忌むべきこと。悲しいことと言われている。
そして──言わずもがな。
私の前に現れた『聖獣』は翼うさぎのもふまるだった。
私が生まれたのと同時にこの世界に精霊王の祝福として生まれたもふまるには、その時はまだ名前がなかった。
ある程度大きくなると、皆自分の聖獣に名前をつける。私はもふまると名付けた。もふまるは『もっと格好良い名前がいい。夜明けのシルヴァ、とか』と、言っていた。
夜明けのシルヴァが格好良いのかどうなのか私にはわからないけれど、もふまるはどう見てももふまるっぽいので、もふまるである。
そんなもふまるには『未来視』の力があった。
私が物心つく前の話だ。
もふまるが見知った未来のことを、もふまるは私の口を通じて皆に話したらしい。
その予言の通りに、私の──シルベット公爵領ではその冬、今までにないぐらいに大変な大寒波が起こった。
もふまるがそれを伝えてくれなかったらもっと多くの死人が出ただろうと、お父様が言っていた。
そうしてもふまるは『予言の聖獣』と尊ばれるようになり。
予言の聖獣という貴重な聖獣を半身に持つ私は、王太子殿下リオス様と婚約できたというわけである。
もふまるのおかげで、私はリオス様という超絶素敵な天が二物も三物も与えて、さらにそれを百倍ぐらいしたんじゃないかな! っていうぐらいに素敵なリオス様の婚約者になることができた。
最高だ。
最高だし、リオス様になら殺されてもいい。ええ。割と、かなり、本気で。
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