可愛く応援をするといい
王立学園の体育祭は、年間の学園行事の中ではかなり大きい行事である。
生徒会に入った私は、学業と行事の準備で結構忙しくて、リオス様はいつも通り淡々とお仕事をこなしていたけれど、ディオン様やエルヴァイン様は毎日鬼気迫る表情で、各委員会からの提案や、体育祭のプログラムの見直し、警護の配置や手配などに勤しんでいた。
かくいう私も実は少し、疲れている。
リオス様は完璧な王太子殿下なので、勉強も運動もそれはもうお得意なのよね。
リオス様が出場すると場が盛り上がるという理由で、各種目にご参加なさるらしい。
そんなリオス様を応援するために、私は応援部に入ったのだ。
応援部というのは体育祭前だけに結成される、有志による応援活動部のこと。
活躍するのは体育祭の時だけなので期間限定なのだけれど、だからこそ結構熱心で、練習はほぼ毎日、放課後に行われる。
生徒会のお仕事と、応援部の練習を両方行うのは大変で、一日が終わると私は疲れ切っていて、ベッドに入ると早々に眠りについて、気づいたら朝が来ているような毎日だ。
寝不足というわけではないのだけれど、ちょっとだけ疲れが取れない。
ダンスは結構得意な私でも、応援部で練習しているダンスは私の知っているものとは全く違う。
すごく激しくて、愛らしいものだ。
ちなみに、応援部には「モテるためならなんでもする女」ことリリムさんも入っていて、ダンスの指導や衣装提供はエミリーさんが行ってくれている。
先輩方や同級生の女生徒たちはエミリーさんのことを「鬼コーチ」と呼んでいる。
私もそう思う。
毎日鬼の指導を受けている私は、「そんなんじゃ輝けないわよ! みんな、気合を入れて! センターの座を奪い合いなさい!」と、ダンスの振り付けを教えながら私たちを叱咤激励するエミリーさんの白昼夢を見るぐらいだ。
いつものエミリーさんは優しくて楽しい方なのだけれど、指導となると熱がこもって、鬼が顔を出してしまうらしい。
真剣に教えていただけるのはありがたいことなので、いいのだけれど。
生徒会のお仕事が終わったら、今日も鬼の指導が待っているのだなぁと思いながら、私は委員会からの提案書を受け取って回っていた。
リオス様は「ティファナはそのような雑務をしなくていい」とおっしゃるけれど、雑務は生徒会で一番若い私の仕事だと思う。
両手いっぱいの書類を抱えながらふらふら歩いて、階段の手前で立ち止まって、はーっと息をついた。
紙の束って、重たいのね。
私、お兄様のことをか弱い美少女とか言ったけれど、私だって本より重たいものを持ったことがあんまりないもの。
本も結構重たいけれど、本を重ねて持つというようなことはしない。
紙の束は重ねる。先輩方が「ティファナちゃんありがとう」「よろしくね」と言いながら、私の両手に書類の束をどんどん積み上げていって「すごいね力持ち」と褒められるものだから、少々調子に乗ってしまった。
「重い……」
『半分に分けてもてばよかったのに』
「もふまるが今日は書類の束が重いから気をつけてって予言をしてくれたらよかったのに」
『予言というのも万能ではないし、私は大切なことしか君に伝えたりしないよ』
そういうものなのかしら。私の半身なのに、もふまるの力を私は制御できない。
他の方々は、自分の聖獣の力を使いこなしているのに。
私、予言の力があるって言われているけれど、あんまり役に立てたことがないのよね。
書類も重いし、ちょっと落ち込んでしまう。
「……あ」
不意に、私の手の上の重量が軽くなった。
いつの間にかリオス様が私の隣にいて、私の手から書類を受け取ってくれていた。
「大丈夫か、ティファナ。重かっただろう。一人で行かせるべきではなかったな」
心の中であわあわしながら、表情筋を滅殺している私に、リオス様がいつも通り淡々と話しかけてくれる。
私が書類を回収しに行くと言った時、リオス様は「一緒に行こうか」と言ってくださったのよね。
でも、お忙しいし、申し訳ないし迷惑をかけたくないし、何よりも役に立ちたいから、一人で行くと言って断ったのよね。
かえって、ご迷惑をかけてしまった気がする。
「……私、大丈夫です。それぐらい、持てます」
少し落ち込んでいた私は、緊張も相まって全くもって可愛げのない返事をした。
ここは普通にありがとうございます、にっこり、でよかったのではないの、私……!
何をしているの、駄目すぎる。
「そうか。いつも頑張ってくれてありがとう、ティファナ」
「リオス様……」
可愛げのない私の回答に、特に怒る様子もなく冷静に言葉を返してくれるリオス様、好き。
なんて素敵なのかしら……私には勿体無いぐらいに素敵な方だ。
うぅ、それなのに私は。私ときたら、可愛くない。泣きそう。
「書類は私が持つ。これぐらいはさせてくれ」
「はい……ありがとうございます」
「あぁ。生徒会の仕事のあと、応援部の練習をしているのだろう? あまり、無理はしてほしくない」
「はい……」
「応援部というのは、私のために?」
一緒に階段をあがりながらリオス様が尋ねてくるので、私は恥ずかしさと動揺で階段の踊り場をまっすぐ突き進んで、そのままごん、と、軽快な音を立てて壁に激突した。
「大丈夫か、ティファナ」
リオス様が片手で書類を抱えて、私の腕を軽く掴んだ。
振り向いた私のすぐそばに、リオス様の顔がある。恥ずかしいやらいたたまれないやらで真っ赤に染まった情けない顔を、ものすごく見られている。
できればもっと、可愛い顔を見てほしいのに……!
私、リオス様を前にすると、本当に駄目になってしまう。
心配していただいているのが、本当に本当に本当に嬉しくて、昇天しそう。
「だ、だ、大丈夫、大丈夫です……っ、リオス様、私……」
「あぁ」
「い、い、一生懸命、応援、しますね……?」
「あぁ。楽しみにしている」
リオス様はそう言うと、自分の手の中にある書類に視線を落として、小さく息を吐き出した。
「戻ろうか。今は手が塞がっているのでな、残念だが」
何が残念なのかはよくわからなかったけれど、私はリオス様に楽しみだと言われたことが嬉しくて、深く考えることができずに、ただこくこくと頷くしかなかった。
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