広がる誤解
保健室の入り口から顔を出したいつも穏やかなファティアスお兄様が、ずるずるぬるっとした感じで、私たちに近づいてくる。
ずるずるぬるっとした感じ、というのは人間の挙動として少しおかしいのだけれど、そうとしか表現できないので許してほしい。
いつも穏やかで優しい女性的な顔立ちのファティアスお兄様の瞳孔が開いている。
その開いた瞳孔で、お兄様はディオン様に顔をぐいっと近づけて、睨みつけるようにした。
「ディオン、僕の妹の恋路を、邪魔するつもり……?」
「いや、なんでそうなるんだよ。ねぇよ。なんで俺が横恋慕してるみたいになってるんだ」
「話は、聞かせてもらったよ。ディオン、昔からやけに殿下のそばにいると思ったら、そういうことだったんだね……!」
「お前には事情を説明してるだろ、ファティアス!」
「いいかい、ディオン。僕は妹の味方だ」
「お兄様……」
「君がティファナの邪魔をするというのなら、僕は全面的にディオンの邪魔をさせてもらう」
「お兄様、好き……」
「僕もティファナが大好きだよ」
「お兄様!」
お兄様が私の手を握りしめて、いつもの優しい表情に戻って微笑んでくれるので、私も私よりも少し身長が高い黙っていると美少女に見えるお兄様ににっこり微笑んだ。
「いやいやいやいや、待て待て待て待て、おかしいだろ。俺は女の子が好きだ」
「え……突然女好き宣言されても……怖い……」
「なんだファティアス、俺に喧嘩を売ってんのか? やるか?」
「ディオン様、落ち着いてください……! お兄様は本よりも重たいものを持ったことがなくて、か弱いのですから……!」
「こいつがか弱いとか、ティファナちゃん、騙されてる……!」
「お兄様はか弱い美少女なのですよ」
「僕はか弱い美少女だよ」
「本当のか弱い美少女は自分をか弱い美少女とか言わねぇよ。何しに来たんだ、ファティアス」
「妹が倒れたと、アーシャから聞いてね。ついでにディオンがこげこげになったというから、癒しに」
お兄様の羽付き魚のサルビアがディオン様の頭の上で一回転すると、ディオン様の体を緑色の粒子が包み込んで、焼けこげた制服ごとディオン様の体を癒した。
そしてディオン様は、ぐるぐる巻きの包帯男から、いつものディオン様に戻った。
シャーリー先生が、「帰ってくれないかしら、私ももう仕事が終わりの時間なんだけど」と、ため息まじりに言った。
「……あー、悪いな、ファティアス。シャーリー先生が、治癒魔法を使ってくれなくてな」
「使わないわよ? 少しの傷ぐらいは、魔法に頼らず自力で治すべきよ。傷は男の勲章だもの」
「傷は男の勲章……」
私が反芻すると、シャーリー先生はうっとりと目を細める。
「そうよ、ティファナちゃん。鎧を脱いだらツルッとした体の騎士よりも、筋肉質な体に傷跡の残る騎士の方が素敵だと思わない? だから、あえて、魔法での治癒はしないってワケ」
「シャーリー先生の趣味ですよね、それ」
ディオン様が嫌そうに眉を寄せた。
シャーリー先生は「そうよ」と言って頷く。先生にそんなご趣味があるとか知らなかった。それはともかく。
「ディオン様は、リオス様が好きということで、明日からは私たちはライバルです。負けませんから……!」
「だから違うって。話を聞かねぇ兄妹だな! いいかい、ティファナちゃん。俺には、君を守る義務があるんだ」
「私を守る……?」
「あぁ。殿下とティファナちゃんには、婚姻成立まで清く正しく美しい恋愛をしてもらわなきゃいけないんだよ。ティファナちゃんのために」
「どうしてです?」
「どうして……そりゃあ、その、なんだ……公衆の面前で殿下の理性が焼き切れたら大変だからというか、なんというか……」
「僕はティファナならどんな殿下でも大丈夫なんじゃないかなって思っているけどね」
ディオン様がぶつぶつ何かを言って、お兄様が小さな声で何かを呟いた。
よく聞こえなかった。
「ともかく、俺は殿下のこととか別に好きじゃねぇし、むしろ好きじゃねぇし、どちらかといえばティファナちゃんのほうが好きだよ」
「えっ、あっ、こ、困ります、私……!」
「……ディオン、妹に手を出したら殺す」
「怖っ、だから違ぇよ、そういう意味じゃなくてだな」
「ディオン様、私はリオス様一筋で……!」
突然の告白に、私は慌てた。
男性から愛の告白をされたのははじめてだけれど、嬉しいのだけれど、申し訳ないけれど私にはリオス様がいるのよ。
ごめんなさい。
「そうだな、わかってる。わかってるよ、ティファナちゃん。ファティアス、お前は俺からじゃなくて殿下から妹を守るべきだろう。隙があれば手を出すぞ、あれは」
「……殿下は婚約者だから、いいのではないかなと思うのだけれど」
「お前、妹が拉致監禁されてもいいのか?」
「それは困るな」
ディオン様とお兄様が何やら顔を近づけてコソコソ話をしている。
シャーリー先生が「ここはカフェじゃないんだから、恋の話を保健室でするのはやめて帰りなさい」と、私たちを保健室から追い出した。
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