ディオン様への疑惑
朦朧とする意識の狭間で、「殿下、待て、ステイ、ステイ、殿下!」「ディオン、私を犬扱いするな」「大変、ティファナちゃんが死んだわ!」という、先輩方とリオス様の声を聞いた気がした。
ぱちりと目を開くと、私はどうやら保健室に寝かされているようだった。
入学してから二度目の保健室だわ。
見知らぬ天井が、見慣れた天井になりつつある。
「……ねぇ、ティファナちゃん」
ベッドの周りを包むカーテンは開け放たれていて、保険医の先生が足を組んで椅子に座っている。
「あなた、もしかして貧血がある? それとも、何か持病がある?」
「シャーリー先生……」
心配そうに、保険医のシャーリー先生が言う。
この短期間に二度もお世話になってしまったのだから、確かにそう思われても仕方ないかもしれない。
枕元では、もふまるが丸くなっている。
ふわふわの毛が顔にあたって少しくすぐったい。
「私、倒れたのですね」
「そうらしいわよ? ディオン君があなたをここまで運んできたのよ。どういうわけか、ズタボロだったけど」
「ずたぼろ」
「獣にでも襲われたぐらいぼろぼろだったわよ?」
「ええ……っ」
「そこに寝てるわよ」
「でぃ、ディオン様……」
シャーリー先生が指をさすのでそちらに視線を向けると、保健室の処置台の上にディオン様が寝ている。
その制服はところどころ焼け焦げていて、腕や顔に包帯がぐるぐると巻かれていた。
「ひ、ひえ……」
怖い話にでてくるミイラ男みたいだ。
私は怖い話が苦手なので、もふまるを抱きしめて震えた。もふまるも震えた。
私ともふまるは一心同体なので、もふまるも怖い話が苦手なのよね。
「てぃふぁなちゃん」
「ディオン様……」
ミイラ男――もとい、ディオン様が片手をあげて、私に声をかけてくれる。
私はベッドから降りると、おそるおそるディオン様に近づいた。
「大丈夫ですか、ディオン様……一体何があったのですか? まるで火計にでもあったようです」
「ティファナちゃん、戦用語に詳しいんだね」
「は、はい、火計は戦の基本ですから」
「どこで読んだの、それ」
王妃になるためには戦についても詳しくないといけないと思い、私は軍略の本も読んでいる。
リオス様のヴェルメリオは炎の操ることができるので、火計こそが戦の基本だと私は思っているのだけど、違うのかしら。
「それよりも、ディオン様、一体何が……」
「そ、それは、その……気絶したティファナちゃんを保健室に運ぶ途中で、魔王に襲われて」
「魔王……?」
「うん。魔王に」
「それは、魔物、ということですか? ディオン様、大丈夫ですか?」
私がディオン様に駆け寄って、その包帯だらけの顔に両手で触れると、ディオン様が青ざめた。
包帯にまかれているのに青ざめているのがはっきりわかるのは不思議だけれど、ともかく真っ青になっていることはわかった。
「ティファナちゃん、駄目だ……それ以上近づいたら、俺は魔王に殺される」
「そ、そんな、ディオン様、誰かに命を狙われているのですね……?」
「元気になったのなら、帰ってくれないかしら」
シャーリー先生がどことなく呆れたように目を細めて、棒つき飴を口にいれながら言った。
「で、でも、先生。ディオン様が大変なことに」
「殿下と喧嘩したんでしょ? 男の子同士の喧嘩なんてよくあることよね。まだ若いんだし」
「リオス様と喧嘩を……? ま、まさか、痴情のもつれ……!?」
「え゛っ」
ディオン様が凄い声をあげた。
これは――図星……!
ここにはディオン様とシャーリー先生しかいない。
やっと、はっきりさせる時がきたのだわ。ディオン様が私の恋のライバルであることを。
「ディオン様はリオス様のことが好きなのですよね。わかります、リオス様は殿方さえも魅了してしまう魅力の持ち主ですもの……! すごく素敵だし格好いいし、優しくて、この世のすべての美しさをあつめたぐらいに美しくて、頭もいいし非の打ちどころがない方ですものね……!」
「は、早口」
「ティファナちゃん、そんなに早く沢山喋れたのね」
「だから、だから、ディオン様はリオス様のことが好きだから、私とリオス様を引きはがそうとするのですよね……で、でも、でも、ごめんなさい……! 私も、リオス様のことが好きなのです……!」
「ど、どうしてそうなるんだ、ティファナちゃん……!」
「あら~~~~」
「シャーリー先生、意味ありげな視線を送ってこないでくださいよ、違いますよ、完全な勘違……っ」
そこまで言って、ディオン様はすごく不味いものを食べたみたいな顔をした。
その視線は、保健室の扉を凝視している。
何事かと思って振り返ると、そこにはすごく青い顔をした、私のお兄様の姿があった。
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