タルトと攻撃
放課後、私はリリムさんの力によってとってもいい感じに冷えているラブシック木苺タルトを箱に入れて、綺麗にラッピングをしたものを持って、意気揚々と生徒会室に向かった。
今日こそ、頑張らなくてはいけない。
自信満々の女になると高笑いしてしまうことがわかったし、可愛い下着をアピールしたら痴女みたいになった。
今のところ成功したのは上目遣いでの攻撃だけれど――それも今思えば、成功したかと言えるのかどうか。
リオス様はいつもと同じような無表情だったし、リリムさんに攻撃されているディオン様のように、頬を真っ赤に染めてはあはあしていなかったもの。
あれが正しい恋愛の反応――だとしたら、私はまだまだだ。
私もリオス様の顔を赤く染めさせて、はあはあさせないといけない。
このラブシック木苺タルトを渡せば、そう、リリムさんのご指導の通りに渡せば――もしかしたらリオス様も私に骨抜きになって、「ティファナ、愛している」と、おっしゃってくださるかもしれない。
「ひぇ……っ」
『ティファナ。妄想に照れるのはどうかと思う』
「も、妄想するのは私の自由じゃないですか……! 妄想に口を挟むのはマナー違反ですよ、もふまる」
『普段は何も言わないが、菓子を渡すぐらいでそこまで照れていると、前途多難というか……』
「私はやればできる女です! 見ていてください、もふまる!」
私は胸を張った。リリムさんに沢山ご指導をしていただいたのだから、そろそろ成功させていきたい。
そしてリオス様と――あぁ、いけないわ、私。
これ以上考えたら、お菓子を渡す前に限界が来て、部屋に帰りたくなってしまうもの。
「失礼します」
「ティファナちゃん、いらっしゃい」
「ティファナさん、こんにちは」
生徒会室に入ると、ディオン様とアーシャ先輩が挨拶してくれる。
「ティファナ。……こちらに」
リオス様に呼ばれて、私は悲鳴を喉の奥に押し込めながら、リオス様の元へと向かった。
毎日素敵だわ……! 今日も素敵。
いつも美しくて格好良くて、声も素敵だし、冷静な眼差しも冷たさのある無表情も、全部素敵。
高鳴る鼓動を抑えつけて、倒れそうになるのをなんとか我慢して、私は小箱を持って執務机の椅子に座っているリオス様の隣に立った。
ええと――リリムさんは、ディオン様にこう、ぐいっと、体を近づけていたわね。
でも、リオス様は今座っていて、私は立っている。
この場合はどうしたらいいのかしら。
「リオス様……」
私は切羽詰まった声でリオス様を呼んだ。緊張のせいで血の底から這いずって出てくる地霊みたいになっている気がするけれど、そこは気にしている場合じゃない。
「どうした、ティファナ」
私の様子がおかしくても、いつも冷静に対応してくださるリオス様、好き。
好き。好きです。大好き。
だから――私、頑張らなきゃ。国の為にも、自分の為にも。
「リオス様、わ、私……その、お、お菓子を、作ってきました……」
大丈夫、私。今すぐ作ったお菓子で毒殺します、みたいな感じになっていない?
不安だけれど、このまま最後まで頑張るしかない。
「菓子?」
「は、はい……あっ!」
椅子に座ったまま私の方を向いてくれるリオス様。
リリムさん的角度を手に入れるためには、あれしかない。
私は意を決して、ちょこんとリオス様の膝の上に座った。
それから、ぐいっと、体をリオス様に近づける。ぴったりくっつく胸が恥ずかしいけれど、リリムさんはこれぐらいやっていたものね。
私も、師匠を見習って恋愛の波状攻撃を仕掛けていかなければ……!
「ティファナ」
リオス様は拒否するでもなく頬を染めるでもなく、いつもどおりの無表情で私を見ている。
でも、嫌がっている感じはしないし、多分大丈夫。多分。
「が、頑張ってつくりました、はじめて、です……お菓子、はじめてつくったから、美味しいかどうかわかりませんけれど……」
私はリオス様の膝の上で、小箱のリボンを外した。
箱の中には可愛い一口大のタルトが、綺麗な形をしてちゃんと入っている。
それを指でつまんで、リオス様の口元に持っていく。
「リオス様、あ、あの、ど、どうぞ……」
どうしようどうしよう、すごく恥ずかしいわ、これ……!
今までの中で一番恥ずかしいかもしれない。
リオス様の手が、私の体が落ちないように支えてくれている。腰のあたりを掴まれているので、体が少しぞわぞわする。
アイスブルーの瞳が、瞬きもせずに私をじっと見つめている。
私、ちゃんと可愛いかしら――これから毒殺を実行しようとしている女アサシンみたいになっていないかしら。
リオス様が無言で口を開いてくださるので、私はその口の中にそっと木苺のタルトを押し込んだ。
大きく開かれた口が、ぱくりと木苺のタルトを食べる。
私の指と一緒に。
「あ……あわ……っ」
硬直する私を気にした様子もなく、リオス様は静かにタルトを咀嚼して飲み込むと、私の指にそのまま舌を這わせた。
ぬるりとして熱い舌が、私の指を――。
「ひ、ゃ……」
「あらまぁ……」
うっとりと歌うようなアーシャ先輩の声の後に、がたがたと何かを倒すような音が響いた。
「リオス様! 冷静に、冷静にリオス様! 気持ちは分らんでもないですが、落ち着いて……!」
「りおすさま……だめです……」
美しい形をした赤い舌が私の指先を舐めたあと、軽く口づけて離れていく。
完全に私の許容範囲を超えたリオス様を浴びてしまって、私はもう意識障害寸前だ。
心臓が破裂して死ぬかもしれない。
どうしてこんなことになったのかしら、お菓子を摘まんだから指先が汚れた、とか。
それとも指先を食べたくなるぐらいに木苺タルトが美味しかったのかしら。
さすが、ラブシックだわ……よく意味が分からないけれど、ラブシック木苺の力、すごい。
「ティファナた……」
「やっぱり……! あの女め……余計なことを、余計なことを……!」
「ディオン先輩、微笑ましい恋人同士のやりとりですのに、どうしてそんなに慌てる必要が?」
「色々あるんだ、アーシャ……! とりあえず、リオス様の腕の中で気絶しかけているティファナちゃんを救出しなきゃいけねぇ……! それが俺の役割だからな!」
「ええ……?」
「ティファナちゃんがこのままだと変態様の毒牙に……」
「凄く不敬……!」
「ディオン。……お前とは長い付き合いだが、私の邪魔をするのをやめろ」
「国王陛下に頼まれてるんですよ、こっちは! 好きで邪魔をしてるわけじゃねぇんです!」
薄れゆく意識の中で、ものすごくもめている先輩方の声が響いた。
そして私は無事に、リオス様の腕の中できゅうっと魂が抜かれて、意識を失ったのでした。
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