お菓子をつくるといい
さわさわと、風が草花を揺らしている。
学園近くの森である。
午後の授業は、高品質の薬草キュアグラスの採取。
学園からほどちかい森には特に魔物も出ないし、危険な動物もいない。校外実習によく使われる場所だ。
「キュアグラス、キュアグラス、キュアキュア〜」
私は鼻歌混じりに、森の奥へと進んでいく。
校外学習はいいわね。開放感があるもの。緑の匂も吹き抜ける風も爽やかでいい。
「ご機嫌ねぇ、ティファナちゃん。その姿、殿下に見せてあげたいわ」
「キュアキュア〜」
「可憐だね、二人とも。女同士の時だけに見せてくれる可愛い姿だと思うと、余計に可愛く感じるよ」
リリムさんが私の手を握って、一緒に歌ってくれている。
お友達と手を繋いで歩くなんて、とても楽しい。リオス様のことも大事だけれど、お友達も大事だ。
学園生活、少し不安だったけれど、お友達がたくさんできて嬉しい。
エミリーさんは呆れたように笑っている。シドニーさんが優しく微笑んでくれる。
「ティファナさんは可愛い、私は可憐、二人はキュアキュアキュアグラス……」
「意味がわからないわ、リリムちゃん」
はっと、何かに気づいたように言うリリムさんを、エミリーさんが指でつついた。
二人はキュアキュアキュアグラス。意味はわからないけれど、妙に楽しそうな感じはする。
私はきょろきょろと辺りを見渡した。
キュアグラスとは、すり潰して傷薬にしたり、錬成の聖獣を持つ錬成師の方々の手にかかると、他の素材と混ぜ合わされてヒール剤になったりする。
傷薬は小さな傷ならすぐに治してくれる。ヒール剤は飲むと大きな傷でもすぐに治すことができる。
キュアグラスの品質によって効果にかなりの差が出るので、基本的には高品質の成熟したキュアグラスを摘む。
成熟したキュアグラスは、葉の色が緑ではなくて白っぽくなっているので、結構わかりやすい。
「ありました、キュアグラス!」
私は視線の先に見つけたキュアグラスを指差した。
木々の間に、キュアグラスの密生地がある。
緑の葉のものに紛れて、白い葉のものがはえている。いくつか摘んで持って帰れば、今日の授業は合格である。
「ティファナ、みつけてくれてありがとう。早速摘もうか。授業で使うだけだから、あまり多くなくていいね」
「ずいぶん森の奥まで来たわね。他のみんなは、もっと手前で採取しているのかしら」
「私、手が汚れるのはちょっと……」
「リリムの分も摘んであげるよ」
「ありがとうございます、シドニーさん」
「シドニーちゃん、リリムちゃんを甘やかしすぎよ」
密生地帯にしゃがんで、私は白っぽいキュアグラスを摘んで支給された袋の中に入れる。
みんなもそれぞれ摘みはじめるけれど、リリムさんだけは土を触りたくないのか、私たちの周りをふらふら歩いている。
「あ! これは!」
リリムさんが声をあげたので、私たちは何事かと立ち上がった。
キュアグラスは摘むだけなので、そんなに時間はかからない。袋の中に入れて、少し離れた場所にいるリリムさんに駆け寄った。
「どうしましたか、リリムさん」
「ティファナさん、これは、ラブシック木苺です……」
「不穏な名前ね……」
エミリーさんがびくりと震える。
リリムさんが示しているのは、わさわさと生えている草の中に、ぽつぽつと実っている赤い実だった。
いちごに似ているけれど、いちごよりも小さい。よくよく見ると、小さなハート型になっている。
「普通に食べても美味しいのですが、お菓子にするととても美味しいのですね……お菓子にすると、あまりのおいしさに食べさせた相手が速攻で恋に落ちる、その力、ハヤテの如く……という意味で、ラブシック木苺という名前がつきました……」
「それは殺傷能力が高そうだね」
リリムさんの説明に、シドニーさんがうんうん頷く。
「速攻で、恋に……!?」
つまり、リオス様に食べていただくと、リオス様は私を好きになるということかしら……!
私は王国を救えるし、リオス様ともラブラブになれるということね。
「はい。その力、熊を一本締めするごとく……と、言われています」
「リリム、熊を一本締めするのは危険だからやめた方がいい」
「熊と素手で戦う前提で話をしているのが、おかしいわよ」
シドニーさんとエミリーさんがリリムさんに注意をしている。
私はラブシック木苺をじいっと見つめた。この果物で、お菓子を作れば、リオス様の心は私のものになるのかもしれない。
でもそれって、いいのかしら。
一服盛るのと一緒なんじゃないのかしら。
「ティファナさん……手作りお菓子を渡すとは、殿方の心を垂直斬りするぐらいに、恋愛にとっては効果的な行動……摘んでいって、一緒に作りましょう……一発必中、殿下殺し木苺ケーキを……!」
「はい……!」
一瞬ためらったけれど、私は頷いた。
「あ。特に、おかしな効果はありません……ただ、美味しいというだけなので、大丈夫です……殿下は死にませんので……」
「よかったです!」
それならよかった。一服盛るのはいけないことだものね。
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