斜め45度からの上目遣いの攻撃
リオス様の執務机の隣に、私の机が用意された。
アーシャ様──アーシャ先輩が、浮遊の聖獣の力を使い机を移動してくれたのである。
アーシャ先輩の聖獣はオカメインコの姿をしている。
どんなものでも浮遊させる力があるのだという。
聖獣の力について私たちは秘密にしているわけではなければ、公にしているわけでもない。
自己紹介の時についでのように言う方もいれば、言わない方もいるし、問われれば答えることもあれば答えない場合もある。
隠す必要のない力で、生活に役立てている場合もあるし、人から恐れられるほどの大きな力の場合は、あえて言わないこともある。
ただひとつ言えるのは、聖獣とは善良なものであるので、よほどのことがない限りは聖獣の力を使った犯罪は起こらないということぐらいだ。
感覚的に言えば、自己紹介のときに好きな食べ物わざわざ言うか言わないかの違いに似ている。
だから私は、ディオン先輩や、エルヴァイン先輩の聖獣にどんな力があるのか知らない。
そこまでの興味もない。
「生徒会は、体育祭の準備で忙しいのですか?」
私はリオス様の隣で、極力リオス様を視界に入れないようにしながら、淡々とした口調で尋ねた。
今私はお仕事をしていると思えば、割と、平常心を保っていられることに気づいた。
私は各委員会から送られてきた報告書や決算書、嘆願書などを種類別に仕分けしながら、古いものと新しいものにより分ける作業を行っている。
「あぁ。学園長の方針で、学園で貴族と他の生徒がよりよく交流を持てるようにと、催し物が多い。体育祭もその中の一つだ」
リオス様が体育祭についての提案書を読みながら答える。
書類を読む真剣な横顔が素敵。
あぁ、まずい。見てしまった。
私の中ではうっとりと見つめる視線なのに、もしかしたらゴミ屑を見るような目でリオス様を睨んでいるかもしれない。
「体育祭ははじめてだよね、ティファナちゃん。去年は大変だったんだよ、大狐騎乗レースに、闘技大会、姫抱きレースに、借り物競争……とか、色々。やるのはいいんだけどさ、生徒たちの安全の確保とかも大切だし、見学に来る方々もいるしさぁ。あ、でも、大狐騎乗レースとか、闘技大会を応援してくれる応援部の女子たちは可愛かったなぁ」
ディオン先輩が、自分の席でお仕事をしながら話しかけてくる。
「応援部の女子たち……?」
「うん。可愛い格好で、頑張れ、頑張れ、ディオン様! とか言ってくれるんだよ。思わずキュンとしちゃうよね、男としては」
「キュン……」
リオス様もキュンとしたのかしら。
「殿下は強いから、去年は闘技大会優勝していたよ。大狐騎乗レースもね。でも、今年はシドニーがいるから、どうかな」
「シドニーさんよりもリオス様の方が強いです」
シドニーさんは女性だもの。
私がディオン先輩の言葉を否定すると、アーシャ先輩が口元に手を当てて笑った。
「シドニーさんはすごいわよ、ティファナさん。闘技大会はともかくとして、大狐騎乗は小柄で細身の騎手の方が早いから、シドニーさんが勝つかもしれないわね」
「わ……私」
これは、チャンスなのではないかしら。
斜め四十五度を心がけながら、リオス様を潤んだ瞳で上目遣いで見つめるチャンスなのでは……!?
「私、応援部に入って、リオス様を応援しますね……?」
私は頑張った。
斜め四十五度に小首を傾げながら、リオス様を潤んだ瞳で見つめた。
自分の顔がどうなっているのかわからないけれど、潤んだ瞳だと思う。恨んでいる瞳じゃないと思う。そうであってほしい。
リオス様はまじまじと私の顔を、いつも冷静で感情を表に出さない美しい顔で見つめ返した。
「………………ティファナた」
「殿下! 殿下っ、ティファナちゃんにお茶を出しましょう、殿下、お茶を! 手伝ってください、殿下!」
「そうですね、殿下。茶菓子も出しましょう。ティファナは今日、一日目なのですから、休憩も必要です」
なぜかものすごく、ディオン先輩とエルヴァイン先輩が慌てている。
リオス様の長い指が、私の頬に触れる。
頬に触れて、それから首筋に触れて、つぅっと、首筋から降りて鎖骨の窪みを撫でる。
「ひ……ぅ……」
「ティファナ」
「殿下、落ち着いて、殿下!」
「殿下、茶菓子です、殿下!」
熱のこもった瞳で見つめられて動けない私に、リオス様の顔が近づく。
そして私は、ディオン先輩とエルヴァイン先輩によってリオス様と引き剥がされて、机の上にお茶とお茶菓子が大量に置かれたのだった。
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