ティファナと予言の聖獣
大きく目を見開くと、飛び込んできたのは薄暗い天井だった。
自分の呼吸音が、はあはあとうるさい。
「ひどい夢……」
はっきりと覚えている。
私がリオス様の指示で処刑されて、それから──国が、崩壊した。
国が崩壊した時、私はもう死んでいたはずなのに、遠くから眺めるようにしてそれを見ていた。
大地が割れて火柱があがり、人々や建物は割れた地面に引き摺り込まれていった。
手先や足先が、ぴりぴり痛む。
頭が重たい。体に鉛でも詰め込まれたかのように、全身に倦怠感がまとわりついている。
体が、ベッドに沈み込んでいくみたいだ。
「……慣れない部屋のベッドだから、あんな夢を見たのでしょうか……」
とても、怖くて。
そして、奇妙な夢だった。
リオス様が私を火炙りにして、それで──あの人は、誰なのだろう。
リオス様の隣に寄り添っていた女性。オフィーリアさん。
そんな名前の知り合いはいないのに。
「私が殺されて、国が滅ぶなんて、そんな……」
『それは予知夢だよ、ティファナ』
涼やかな少女と少年の中間のような声が響き、私は体をびくりと震わせた。
お腹の上に重みを感じる。
視線を動かすと、仰向けに寝ている私のお腹の上に、垂れた長い耳をしたふわふわのうさぎに似た動物が居座っていた。
うさぎに似ているけれど背中に小さな翼がある。
ミルクティー色のふわふわの毛と、小さなピンク色の鼻。まんまるい瞳は、オニキスをはめ込んだように黒々としている。
「もふまる……」
『その呼び名を、やめてくれるかな』
私はうさぎの名前を呼んだ。
うさぎの名前はもふまる。私がもふまると名付けたので、誰がなんと言おうと、本人が否定しようともふまるなのよ。
もふまるは、もふまるという名前が好きじゃないみたいだけれど。
可愛くてすごくいいと思うのに。
ちなみに『もふまる』か『あじ玉』どちらかにしようと提案したら、『もふまる』が採用された。
まるくて茶色いからあじ玉に似ていると思ったのだけれど、却下された。
美味しいのに、あじ玉。
「どういうことなのですか、もふまる。重いからどいてください」
『私は予言の聖獣だ。私が君に、予知夢を見せた』
「今まで予言なんて一度もしたことがなかったじゃないですか」
私はベッドの上でよいしょ、と起き上がると、クッションに背中を預けて座った。
膝の上にもふまるを抱っこする。
もふまるは私の両手でちょうど抱えられるぐらいの大きさをしている。結構ずっしり重い。
結構ずっしり重いのに、背中の小さな翼で飛ぶことができるから不思議だ。
『はじめての予言だ。今まで君やこの国に関する重要な予言は一つもなかった。だが、昨日君が王立アルケイディス学園に入学して、初めてビジョンが見えた。だから、君と共有を』
「ええ……っ、どうして、はじめての予言なのにもっと明るく楽しいものじゃないんですか……っ、週末王都のアイスクリーム屋さんで、お友達とアイスを食べることができるとか、お友達がたくさんできるとか、そういうのがよかったのに……」
私のはじめてなのに、ひどい。
『ティファナ、君はあの夢を見てどう思った?』
もふまるは私の泣き言にとりあわずに言った。
明日から授業なのに、もふまるが妙な夢を見せてきたせいで、まだ深夜。
寝不足が決定した私は、とても悲しい。
そしてあの夢──。
「リオス様、夢の中でも格好良かったです……!」
私は胸の前で手を合わせて、ほうっと、感嘆のため息をついた。
リオス様はこの国の王太子殿下で、全世界がひれ伏す美貌の持ち主である。
私よりも二つ歳が上で、年上の余裕が全身から漂っていて、格好良い。
リオス様が佇んでいるだけで『余裕〜』という言葉が、リオス様の体の周りをふわふわ漂っているようにさえ感じられる。
輝く雪原のような銀の髪に、全てを見通すようなアイスブルーの瞳。
高い鼻梁に白い肌、長い睫毛。背が高くて、筋肉質で、声もいい。すごくいい。
リオス様が一言「おはよう」と言うだけで、世界はこんなに輝いていたのかというほどにきらきら輝き始めるし、曇り空が割れて光が差し込んでしまうというものなのよ。
そんなリオス様は、なんと、私の婚約者である。
「あぁぁぁ素敵でした、素敵でした、リオス様……っ! 私を見据える冷たい瞳も素敵でした、無情に処刑を言い渡すところも素敵ですし、よくわからないけれど、見知らぬ女性をポイっと投げ捨てて、怒りと憎しみと悲しみの叫びを上げるところとか、もう、何枚も、何枚も、写真に撮って保管しておきたいぐらいに素敵でした……!」
私は両手で顔を覆って、ベッドの上をごろごろ転げ回った。
怖い夢から覚めて正気に戻った私は、リオス様の素敵さを褒め称えまくった。
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