メルザの戸惑い
私、メルザ・ニニアスは古くからシルベット公爵家に仕える執事の家系、ニニアス家に生まれました。
だからといってニニアス家の娘が全員シルベット公爵家の侍女になるかといえばそうではありません。
ですが私は風の魔法を使用できる聖獣の黒豹ノワールを半身としていましたので、お洗濯を乾かしたり髪を乾かしたりするのが得意なので侍女に向いていました。
それだけで侍女になろうと決めたわけではなく――私は私の仕えるべき主であるティファナ様の姿を一目見たときに、体に電撃が走ったような衝撃を受けたのです。
ティファナ様というのはたいそう可愛らしい赤子でした。
ぷにぷにのほっぺに、ミントアイスのような髪、大きなくりくりの瞳。
シルベット公爵ご夫婦の計らいでお会いをさせて頂いたとき、揺り籠の中に入れられていたティファナ様は私に向かって、なんと、私に向かって、微笑んだのです……!
天命があるとするのならば、私の天命とはティファナ様の侍女になることなのだと悟りました。
そうして私はティファナ様の教育係兼護衛兼傍付き侍女になったのです。
ティファナ様がはじめて予言の聖獣の力を発揮したのは、ティファナ様が三歳の時でした。
まだ沢山お話ができるというわけでもないティファナ様が、はっきりとした口調でシルベット公爵領に来るであろう大寒波の予言をしたときのことも、私はよく覚えています。
私は、ティファナ様の侍女になってよかったと、心底思いました。
ティファナ様は精霊王リーヴェルの加護を受けている、精霊王の神子に違いない。
この世には数多くの聖獣がいますが、未来視ができる者など聞いたことがありません。
そんなこともあって、すぐにティファナ様のお話が国王陛下オルオン様に伝わり、オルオン様のご子息であるリオス様との婚約が決まったのです。
私は誇らしく、そしてこの国はティファナ様の価値を分かってくれるのだと、感動をしていました。
リオス様といえば王太子殿下です。ティファナ様は王妃様になるのです。
ティファナ様ほど王妃として相応しい者はいません。
そしてリオス様程、ティファナ様を愛している方はいないのです。
私はどういうわけか「メルザ、私、だめかもしれない……」と涙目でお帰りになったティファナ様が、ようやく落ち着きを取り戻しすやすや寝静まった夜半過ぎ、いつものように口元にショールを巻いて、黒装束に身を包んで、学園寮の侍女室を出ました。
恐れ多いことにお嬢様のお世話をさせて頂く侍女たちは、それぞれのお嬢様の自室に侍女室を持つことを許されています。
貴族のお嬢様というのは基本的には一人で生きていけない尊い存在ですので、学園寮にはきちんと侍女用の部屋が整備されているのです。
私は学園の女子寮に来た時、大変嬉しい気持ちになりました。
これならティファナ様のおはようからおやすみまで、ご一緒させていただける。
お嬢様の寝顔、撮り放題ではないですか……! と。
ティファナお嬢様には内緒にしているのですが、実はノワールには風魔法ともう一つの能力があるのです。
それは、記録の聖獣としての能力。
記録の聖獣は、その目に焼き付けた光景を、写真紙という特殊な紙に焼き付けることができます。
それ以外にも、映像として暗い部屋の壁などに映し出すこともできるのですけれど、私はどちらかといえば写真の能力の方が好きでした。
いつでも好きな時に眺めることができるからですね。
今から数年前のこと。リオス様がはじめてシルベット公爵家に来られた時のことです。
とうとうお嬢様にも婚約者がと思い、感慨深く思いながら私が今まで取り続けていた秘蔵のお嬢様コレクションを眺めてにこにこしていたところを偶然リオス様に見られてしまいました。
リオス様は「その写真。お前の言い値で買おう」と、とても七歳児とは思えないことをおっしゃいまいた。
そして私は気づいたのです。
リオス様は私の同志だと。
お嬢様の成長記録写真を無料でさしあげるのはやぶさかではなかったのですが、言い値で買ってくれるのならば、お金を貰おうと思いました。
写真を売ってお金を稼いで、お嬢様に着せたい服コレクションを充実させる道を選びました。
お嬢様の成長というのはとても早くて、子供だとばかり思っていたのに今ではすっかり豊満な胸とくびれた腰と魅力的な足の形をした淑女になりました。
私はお嬢様に着せたい服コレクションを学園寮のクローゼットにこっそりと持ち込んで、いつか着せようともくろんでいます。きっとリオス様もたいそうお喜びになるでしょう。
「メルザ、例のものは」
宵闇に紛れて学園寮から外に出た私は、学園寮の裏庭の東屋で待っていたリオス殿下にそっと今日の分の写真を渡しました。
お嬢様の可愛い寝顔の写真、朝食の蜂蜜パンケーキの蜂蜜を胸に零すお嬢様、制服に着替えて、胸のリボンの形を気にするお嬢様、前髪がうまく決まらずに引っ張っているお嬢様。
どれもこれも最高に可愛い私のお嬢様です。
「では、これを」
写真を渡して、変わりにずっしりと重い金貨の入っている袋を貰いました。
写真一枚につき、金貨二枚。
リオス殿下はきっちり支払ってくださいます。
学園に通う前は密書でのやりとりだったのですが、今は学園の敷地内に殿下がいらっしゃるのでとても楽ですね。
「……あの」
「何だ?」
「いえ、なんでもないです」
リオス殿下はお嬢様のことを深く愛していますが、七歳の時にお嬢様を誘拐しようとしたことが原因で、感情を表に出すことを禁じられているのだとか。
私もリオス様がお嬢様の成長記録写真をそれはもうわんさか私から購入していることは、口止めされています。
そのせいでお嬢様はリオス様のお気持ちが自分にないと思っているようなのですが、それはそれで可愛いのでいいかと考えていました。
恋のために奮闘するお嬢様も可愛ければ、リオス様が好きなあまりに態度が悪くなるお嬢様も可愛い。
それが青春というもの。いつかそんな日もあったねと笑える日が来るはずと、思っていたのです。
けれど――何故。
こんなにお嬢様のことを愛しているリオス様が、お嬢様を裏切って、国を亡ぼすようなことになるのかと、疑問でなりません。
予言の話を、しようかと一瞬思いました。
けれど、私は何も言わずに礼をして、寮の部屋へと戻りました。
私はただの侍女ですので、差し出がましいことをするべきではありません。
それに、リオス様に好かれようと奮闘するお嬢様の姿を、もう少し見ていたいという欲望に負けてしまったのです。
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