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リオス・アルケイディスは擬態する



 ティファナが私の婚約者に選ばれたのは、私がまだ物心つく前の幼い時だった。

 それなので私は当然その時のことは覚えていないのだが、覚えていない私の記憶力を恨みたい。

 私の物心がもし赤子のころからはっきりついていたのだとしたら、婚約者に選ばれたばかりのころのそれはそれは幼くいとけなく可愛らしいティファナの記憶が残っていたはずなのに。

 あぁ、どうして私は生まれた瞬間から自我を保てなかったのだろう。悔しい。

 ともかく、そのころのティファナはまるで神がかりにでもあったように――まだ言葉もろくに話せないはずなのに、予言の聖獣の言葉をその口から紡いだのだという。


『今年の冬。前例にないほどの寒波が、シルベット公爵領を襲うだろう』


『私は予言の聖獣。ティファナの半身である』


 と、小さな子供の口調とは思えないほどはっきりと。

 公爵家の人々は、それを信じた。そして――公爵領は大寒波とそれによる飢饉から、難を免れた。

 そんなことがあって私の婚約者に選ばれたティファナと、私が実際に会ったのは、私が七歳、ティファナが五歳の時だ。


 ティファナははじめて私と会ったのは、ティファナが十歳、私が十二歳の頃――城で行われる精霊王リーヴェルの祝典の時だと思っているようだが、それ以前に私はシルベット公爵家にティファナと予言の聖獣に会いに行く父に、無理を言って同行させてもらっていた。


 五歳のティファナは、それはそれは愛らしかった。

 透明度の高い海を連想させるミントグリーンの髪に、美しく輝く大きなアクアマリンのような瞳。白い肌に、薔薇色の頬。桜色の唇。小さな手、華奢な体。

 あまりの可愛らしさに、思わず城に連れて帰ろうとして――父にそれはもう怒られた。

 それはそれは怒られたし、「俺の息子、やべぇんじゃねぇかな」「すまねぇな、シルベット公、俺の息子がやべぇ変態だと今気づいた」と平謝りしていた。


「父上。婚約者と共にいたいと望むのは当然のことでは?」


 そう思ったからそう言ったら、父は泣いていた。泣く必要がどの辺にあるのか、私には解せなかった。

 もっとティファナと一緒に居たい。可愛い顔を撫でまわしたいし、髪を撫でたいし、この世の中には私だけしかいないのだと信じ込ませたい。

 私だけがティファナを愛しているし、私以外の誰も信用してはいけない――というように、傍において教え込みたい。

 できれば成長を見守りたいし、切った髪などは全部保管したい。

 洋服のサイズが変わるたびに、小さくなった服は全部保管したいし、飾っておきたい。

 というような様々な欲求が湧き上がってきたので、私はそれも父に伝えた。

 父は胃のあたりを押さえながらうずくまった。

 そして、私は父によって城に強制送還されて、ティファナとの接近禁止令が降りた。


 それはもう解せなかった。

 可愛い婚約者との接近が禁止されるとか、意味がわからん。


 城に送り返されて部屋に閉じ込められた私は、何度かヴェルメリオの力を使って脱出を試みようとしたのだが、ヴェルメリオにも『やめてくださいリオス。幼女に手を出したら犯罪です』などと言わて、言うことを聞いて貰えなかった。


 そうして、私の教育的指導が始まった。

 愛とはなにか。真心とは何か。立派な王太子とはなにか。感情をコントロールする方法。

 などなどを教え込まれた私は、従順なふりをしていた。

 とりあえず話を聞いて従っておけば、またティファナに会える。

 その時は攫おうと、硬く心に誓っていた。

 

 けれどいくら従順なふりをしても私の謹慎は解かれず、ティファナに会いに行く許可は降りなかった。

 どうやら――私の側近に選ばれたミケル侯爵家の長男ディオンの聖獣には、心を読むという力があったらしい。

 つまり私の演技は筒抜けだったのである。

 

 そんなある日。

 今にも私と刺し違える――ぐらいの決意を瞳に秘めながら、母が私の元を訪れた。


「いいですか、リオス。執着心の強い男は気味悪がられます。もし万が一、ティファナさんに向かってあなたが常日頃考えているような――ティファナたん可愛い、監禁したい……などという言葉や態度をあらわにしたら、ティファナさんはきっと、こないで、変態、二度と顔も見たくない! 婚約は破棄させてもらいます! といって、逃げてしまうでしょう」


 せつせつと、私に向けられた母の言葉は、私の心臓を突き刺した。

 私はティファナを隅々まで撫でまわしたいしできることなら部屋に閉じ込めて毎日愛でまくりたいぐらいに愛しているが、それはどうやら気持ち悪いと思われることらしい。

 それは困る。

 私はティファナを愛しているし、私もティファナに愛されたいのだ。

 つまり私は、完璧な王太子を装う必要がある。

 それこそ、ティファナに対する暗い欲望などなにもない男のように……!


「……合法的にティファナたんを観察できるとは、学園とはいいものだな」


 私は乱れた呼吸を整えながら、呟いた。

 ティファナの背中に布越しだけれど触った手の感触を忘れないようにしなければ。

 今日はティファナの高笑い記念日兼背中に触らせてもらった記念日である。

 部屋に戻ったら日記に書いておかなければ。


 やはり人とは忘却しながら生きる生き物なので、記録は大事だ。

 今日のティファナの写真も、ティファナの侍女から言い値で買い取らなくてはいけない。



お読みくださりありがとうございました!

評価、ブクマ、などしていただけると、とても励みになります、よろしくお願いします。

リオス様は無事に立派な変態になりましたが、怒られないか心配です。私は楽しいです。

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