付け焼き刃の作戦
自信満々な女。
自信満々な女とはなんだったかしら。
私の頭の中に星々が回っている。わからないわ。私は自信満々な女を演じたはずなのに。
『それは自信満々な女ではなく、失礼で高飛車な女だよ、ティファナ』
もふまるの声が遠くに響いている。でももうこうなったら乗り切るしかない。
この勢いでなんとなく乗り切って、リオス様にごきげんようを言って、逃げるしかない。
「リオス様、そんなに私に会いたかったのですわね、当然です、だって私はあなたの可憐な婚約者! リオス様が私を愛するのは当たり前なのですから! おーっほっほっほ……ッ……けほけほ」
「大丈夫か、ティファナ」
「へっ、あ、あっ……っ!?」
慣れない高笑いをしたせいで咽こむ私の背中を、リオス様が撫でてくれる。
明らかに様子のおかしい私の背中を。
リオス様の大きな手のひらが、美しくたおやかで世界の美を全部集めてもまだリオス様には及ばないぐらいの美の塊であるリオス様の手は、想像していたよりも大きくて硬い。
長い指と、ごつごつした骨のある手が、大きな手のひらが、私の背中にそっと触れる。
つまり、距離が、とても距離が近い。
今すぐ抱きつけてしまうぐらいに近くて、爽やかで甘いいい匂いがする。リオス様、いい匂い。
そしてゆっくり背中を辿る手に、身体中がぞわぞわした。
「ひぁ……っ……リオス様、私は大丈夫です……!」
もう自信満々な女の演技をしていられなくて、私はいつものように必死で無表情を取り繕ってリオス様を睨みつけた。
あぁぁ何をしているの私、ここはありがとう、ではないの?
だって恥ずかしいもの。リオス様の尊い御手が、私の背中を……!
これ以上はだめだ、死んでしまう。
「それでは……!」
私はリオス様の手のひらから逃れると、逃げ出した。あぁ、リオス様。いい匂いだった。好き。
そして私は、リオス様に向かって高笑いした後、無表情でそそくさと逃げ出した女として、誰がどう考えても好感度を下げるようなことしかせずに、ついでにクラブ活動の見学もせずに、学園寮に舞い戻ったのだった。
◆
──なんだかわからないが、死ぬほど可愛かったな。
と、ティファナが走り去る後ろ姿を見送りながら、私は口を押さえた。
周囲に誰もいないことを確認してから、ドン、と、壁に手をつく。
ついでに額も押し付ける。
なんだかわからないが、ティファナが私に向かって「リオス様が私を愛するのは当然のことですわ!」などと言っていた。
そしてよくわからないがとてつもなく可愛い仕草で高笑いをした後、むせていた。
可愛かった。
「……今日も私のティファナたんは、最高だ……」
私は胸に手を当てて過呼吸になりそうなほどに早まる呼吸を必死に押さえながら、つまり、わかりやすくいえば、はあはあしながら呟いた。
可愛い。世界を魅了する可愛さ。あの可愛いの塊が私の婚約者など、めまいがする。
普段王太子として取り繕っている立ち振る舞いが、ティファナを前にすると砂上の楼閣のように簡単に崩れそうになってしまう。
いつもの無表情も、私を睨む鋭い視線もたまらなくいい。
あの可憐な声で「この変態」とか「このゴミ虫」とか罵られてみたいという欲望もあるが、高笑いもよかった。
最高に可愛かった。
「はぁ……」
背中を撫でてしまった。華奢で、柔らかかった。そして可愛い声を聞いてしまった。
あぁ──たまらない。
私とティファナの学園生活が始まったのかと思うと、あぁ、ダメだ。
私は、落ち着いていて冷静な、王太子として振る舞わなくてはいけないのだから。
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