ティファナ、自信満々を心がけてみる
自信満々な女は美しい。
自信満々な女の方が、男性から人気がある。
お友達たちとの話し合いが終わって、午後の授業を受けた私は、学園の中をうろうろしながらそんなことを考えていた。
放課後うろうろしているのは、所属するクラブを決めるためである。
アルケイディス学園の生徒たちは、放課後はクラブ活動をする必要がある。これはもれなく全員参加だ。以前は自由参加にしていたみたいだけれど、学園に通っている者は貴族の子供が多いので、参加率が著しく低かったらしい。
この国の貴族というのは、昼は二時間ぐらいかけてゆっくりランチを、昼過ぎには優雅に三時間ぐらいかけてアフタヌーンティーを楽しむもので、基本的には昼過ぎになると食べたり飲んだり合間に散歩ばかりしている。
夕方になれば湯あみをして、軽食を食べながらお酒を飲んで寝てしまう。
そんな生活が当たり前だった貴族の子供に、午後も授業を受けてその後クラブ活動で汗を流せ、という方が酷だろう。
市井の方々はそうではない。昼食はゆっくり取るけれど、夕方まで働いて、日没ごろにやっと休息に入るのだ。
そんなわけで、見聞を広めるためにということで、貴族ではない方々はクラブ活動を熱心に行なうという感じだったようだ。
元々放課後のクラブ活動というのは学園長先生の計らいで、貴族とそうでない者たちのよりよい交流を、ということで作られた制度である。
それなのにそんな有様だったので、学園長先生は「全く貴族どもときたら……!」と、たいそうお怒りになり、現在の全員参加の制度に落ち着いたらしい。
「……まさか皆さん、もうすでにクラブを決めているとは思いませんでした」
シドニーさんたちと一緒にクラブを見学して回って、どこに所属するか決めようって考えていた。
けれどシドニーさんは騎乗大狐クラブ、エミリーさんは服飾クラブ、リリムさんは料理クラブに所属するのだという。
皆に、一緒にどうかなと誘われた。
シドニーさんと一緒に大狐に乗る練習をするのも、エミリーさんと一緒にお洋服を縫うのも、リリムさんと一緒にお料理をするのも楽しそう。
けれど、せっかくなら何があるのかを一通り見てまわりたい。
私は今まで、クラブ活動のことなんて頭からすっぽ抜けていたのだ。
リオス様と一緒に学園に通うことができる。ただそれだけに夢中だったし、もふまるに夢を見せられてからは、いかにリオス様に好かれる女になるかしか考えていなかった。
『ファティアスは、どこに所属しているんだったかな』
「手芸クラブですよ、もふまる。お兄様は女子たちと一緒に、放課後は可愛いマスコットを作ったり、レース編みや刺繍をしたりしています」
『シドニーは大狐に乗って草原を駆け回るつもりなのに?』
「お兄様の趣味とシドニーさんの趣味は真逆ではありますが、とても仲良しなんですよ」
『リオスは?』
「リオス様は生徒会がありますから、生徒会のお仕事をしているのではないでしょうか」
『生徒会とは何をする場所なんだ?』
「なんでしょう。多分、学園の運営、のようなものではないでしょうか。全てのクラブ活動の部費を決めたりとか、イベントをきめたり、とか、そういう感じかなって」
『ティファナ、君も生徒会に入れ。君はもう少し、リオスと対話をするべきだ』
私の隣でふわふわ浮かびながら、もふまるが言う。
それはそうかもしれないけれど。
「で、でも、このままだとお話しするたびに、好感度が下がってしまいます。私の。私はもっと、自信満々な女にならなければ……リオス様は私を好きでいてくれるのは当然! って、思うような」
まだ私にはそんな自信がない。
リオス様に会うたびに、その魅力の前に屈して、リオス様を睨みつけながら「はい」か「いいえ」ぐらいしか言えない女になってしまう。
そんな女、好きにならないわよね。
私だったら嫌だわ。私だったら、シドニーさんみたいに好きなものに一直線で頼もしい女性とか、エミリーさんのように自分を偽らない自然体な女性とか、リリムさんのようにしっかりと自分を磨いている自信にみなぎっている女の方がいいもの。
「私の魅力って何でしょう、もふまる……」
『なんだろうな。君は善良な一般人だ。それだけは確かだ。私のように力ある聖獣を側に置きながら、その力を利用しようとは一切考えないのだからな』
「もふまるを、利用? どうやってでしょうか。例えば、明日の朝ごはんの内容を聞き出そうとするとか……あ、明日のお天気を事前に知ろうとする、とか」
『君はよい人間だ。それだけは確かだ。だから私は、君の破滅も国の破滅も望まない。頑張れ、ティファナ』
「はい!」
もふまるが珍しく私を励ましてくれたので、私はもふまるを抱きしめて、ふわふわの体にすりすりした。
今の所もふまるの利用方法なんて、ふわふわの体に顔を埋める、ぐらいしかない。
「それにしても、たくさんクラブがありますね。薬草クラブ、魔道具クラブ、魔法テニス部、剣術部、花道部、アフタヌーンティー部。水泳クラブ、魔生物育成クラブ。魔生物育成クラブかぁ……」
私は先生から配られたクラブ活動と活動場所一覧表を眺める。
どこから見て回ろうかしら。ぱっと見、分かるものもあれば、何をしているのかよくわからないものもある。
「ティファナ。探した」
不意に声をかけられて、私の心臓は大きくはねた。
この声は、この声は……!
低く落ち着いていて、雲間から差し込む陽の光のような神々しさに満ちているこの声は──。
「リオス様」
リオス様が、廊下の向こう側から私に向かって、足早に歩いてくる。
あぁぁあ……足が長いわね。颯爽と翻っている長い上衣が素敵。歩くたびに揺れる銀の髪が、耳飾りが素敵。
全部素敵。
「君は昨日倒れたばかりだろう。授業が終わったのだから部屋に戻っているかと思ったら、まだ帰っていないとメルザが言っていた。こんなところで何をしている、ティファナ。何かあったのか?」
リオス様、私を心配してくれていたの……!?
嬉しい。死ぬほど嬉しい。今日は私の命日かもしれない。嬉しい。好き。
あまりの嬉しさと内心の動揺のせいで、私の命よりも先に表情筋が死んだ。
このままでは私、いつもみたいに「問題ありません。それでは」と、そそくさとリオス様の前から逃げ出して、半径三メートル以上離れた場所の物陰に隠れてこっそりリオス様を見てしまう。
いつもと一緒だわ。
私は今日、学んでいるのよ。
モテる女というのは、自信満々。
そう、自信満々。
私は自信に満ち溢れた女……!
「私を探すのは婚約者としては当然のこと。ですが、今日は褒めて差し上げてもよろしくてよ!」
私は胸を張って、堂々と、偉そうにした。
『絶望的だよ、ティファナ……』
もふまるのとても悲しそうな声が聞こえた。
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