ティファナと恋愛のエキスパートたち
解けたリボンや乱れた制服をささっと直して、ベッドから立ち上がった私は、手早くベッド横のポールハンガーにかけてあった制服のブレザーを着込んだ。
その間リオス様は、冷めた瞳で私を見ていた。
絶対に嫌われてしまった。
今までだって特別好かれているとは思えなかったけれど、せっかく、せっかく助けていただいたのに、気を失って運んでいただくとか、乙女の憧れの状況なのに、私ときたら……!
緊張と、恥ずかしさと、その他諸々で一杯一杯になってしまって、睨みつけてしまった。
睨みつけてしまった上に、「問題ないです」なんて、世界一可愛くない言葉だわ……!
でも、こういう時どういう反応をすればいいのか分からない。
こんなことなら、先にどこかで予習しておけばよかった。
好きな人に助けてもらって、ベッドに運んでもらった時の反応について、習っておけばよかった。
どうして読み書き計算のお勉強はするのに、恋愛についてのお勉強はないのかしら……もう駄目だ、王国は滅ぶ。私のせいで。
でも、私を冷たい目で見ているリオス様も素敵。
「ティファナ。無事であれば、よかった。今日はもう帰るように。君のメイドに迎えを頼んでいるが、私が部屋まで送ろうか」
「……リオス様」
どう考えても嫌な女でしかない私に、それでも優しいリオス様は人格者だわ。
なんて優しいのかしら。好き。
でも、リオス様は生徒たちの規範となる生徒会長もなさっているし、一年生はオリエンテーションのみだけれど、上級生は午後も授業があるし。
ここは、迷惑をかけてはいけないわね。
「……結構です。一人で大丈夫です」
おかしい。
圧倒的におかしい。
私はリオス様からフイッと顔を背けると、それはもう感情のこもっていない平坦な声で、冷たくそう言い放った。
◆
「あぁああああああ……!」
リオス様が退室なさった後の保健室で、私は頭を抱えて叫び声をあげた。
「何しているんですか、私……っ、嫌な女代表選手権の選手に選ばれた挙句、優勝してしまうような行動をとってしまいました……っ」
『全くその通りだ。君のいう通りだよ、ティファナ』
「ううう……私、駄目です……」
『そうだね、駄目だ。友人たちに相談することを提案するよ。ティファナ、君は善良な恋する愚か者だけれど、リオスが関わらなければごく一般的なありふれた人間なのだから』
「もふまる、私の魂の片割れなのに、私に冷たいです……」
『私は君の片割れ。もちろん君を愛しているよ』
「ふわふわうさちゃん……!」
私は涙目でもふまるを抱きしめた。
一人で頑張るとか言っている場合じゃないわね。
今のところ私は嫌な女選手権で花丸一等賞であり、恋愛偏差値は底辺の女……。
あ。今、リリムさんの口癖がうつった。
ともかく、この国を守るため、リオス様に罪を犯させないために、お友達を守るためにも!
私は、リオス様と以心伝心らぶらぶいちゃいちゃできる関係にならなくてはいけない。
今のところ、午前中いっぱいを使って、私は全力でリオス様に嫌われる行動をとってしまった。
なんとかここから巻き返しを図るために、頑張らないといけない。
「お嬢様! 大丈夫ですか、お嬢様! メルザが迎えにきましたよ……!」
リオス様の言っていた通り、メルザがカーテンを開いて、ベッドに座る私の元へと駆け寄ってくる。
「メルザ、ありがとう。大丈夫です」
「でも、授業中に倒れたと、殿下が使いの者を私の元へ……お嬢様の不調には、気づいていたのですが、今日はお休みして貰えばよかった」
「大丈夫です、少し眩暈がしただけで……それよりも、メルザ。相談があるのです」
「相談?」
「はい。……私は、恋愛についてご教授してくださる先生が欲しいのです。このままでは、私、リオス様とうまくいかなくなってしまうかもしれません……」
「恋愛の先生……」
メルザが悩ましげに首を捻ったとき、メルザが開いた後にまた閉じていたカーテンが、がばっと開いた。
そこには、シドニーさんと、リリムさん。エミリーさんが並んで、立っていた。
「ティファナ、大丈夫かい!? リオス殿下が君を運んでいったから、邪魔をしてはいけないと思って様子を見ていたのだけれど、心配になってきてしまったよ」
「ティファナさん……恋愛、と、聞こえました……恋愛の先生……私、呼ばれた気がしました……私は、恋愛といえばリリムさんと言われた、王都では評判の、男を手玉にとる女……」
「ティファナちゃん。オネエは、恋愛相談に乗るのが得意だと思ってるかもしれないけれど、それは……正解よ」
「みんな……!」
こんなに身近に、恋愛の先生が三人もいたなんて。
シドニーさんは、ひたすら女性にモテる。自然体で女性にモテる。
リリムさんは、私でも仕草にどきっとしてしまうことがある、魔性の女性。
エミリーさんは、女性の心がわかる男性。
私は恵まれているわね。みんなに抱きつく私を、抱きしめ返してくれるみんな。
持つべきものはお友達だわ。
そして私たちは、保健医の先生に、元気になったならさっさと帰りなさいと言って、保健室を追い出されたのだった。
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