茹でガエル
翌日、早く話したくて、オレたちの動向を見ていたのだろう。夕食を済ませて部屋に戻ると、すぐにエリナがやってきた。開口一番。
「昨日は、父が大変失礼いたしました」
エリナも卒業後の進路について、そろそろ言っておいた方がいいと考えたのだろう、「冒険者になる」という主旨の手紙を送ったところ、「娘の我儘」にブチ切れたエルパニア辺境伯、いきなり学園に来訪し昨日のような事態となったようだ。
「いえいえ」
「結果、オーライ、冒険者への最大の難関を突破できたわけですし」
「ちょっと意外でしたが、学園長が味方になってくれて、本当にありがたかったですわ」
「ああ、それは、そうですが、彼女、腹に一物な人だし」
「そうなんですか?」
「クリティが王を恫喝したなどという話を、平然と語る人、一学園の長という枠を超えていると思わない?」
ルル姫もよく分かってる。
「確かに」
「それはそれとして、エリナに一つ確認したことがあるのですが」
「クリティ、改まって、なに?」
「お父様との議論の中で、『救世主』という言葉を使ったと思うのだけど、今、冷静に考えてみて、学園長の誘導だったと思いますか?」
「なんだか、意味深な問いだけど、うーーん、多分、違う、なぜか、あの時、突然、頭に閃いたというか……」
「やっぱり。もしかして、私たち、茹でガエル、なんじゃないかと、思うのです」
お、これは言えた。
「それを言うなら、茹で鯉じゃないですか?」
あああああ、なるほど、同じ主旨の譬え話があるのなら問題ないってことか?
「きっと、クリティの前世では、カエルなのよ、でも、どういう意味?」
「少し複雑なので紙に書いて説明しますね」
オレは、エプロンのポケットに常備しているメモ帳を取り出した。
(1)閉塞感しかない未来から脱却したかった(エリナの願い)
(2)この世界の真実を知りたい(ルル姫の想い)
(3)宝珠事件の真相を解明し、国家間の紛争を未然に防ぎたい(学園長の本音)
(4)救世主、すなわち、この世界を救え!(神??)
「だんだん、要求レベルが上がっていると思いませんか?」
《神が何らかの操作をして、エリナに「神託」を語らせることは可能?》
《理屈の上では可能じゃが、数百匹いるアリの行列を眺め、その中かからお気に入りの一匹を見つけ出し、角砂糖を進呈する、というような行為ではあるのぉ》
《逆に考えて、神は我々を常に注視しているという可能性は?》
《むぅ、さすが主様! このミッション、神は悪魔の力を使ってまで成し遂げたいと思っておる、そう考えると、あり得ぬとは言えぬのぉ》
「本件の仕掛け人、辿っていけば、神かもしれません。ディアによると、神による、このような誘導は可能とのことです」
「それで、私たちは、徐々に危険なミッションを与えられ、あっさり茹でられ死ぬと? まったく、ペシミストね、クリティは」
「神に悪意はないとは思います。だけど、彼は、何億、何兆という生命に対し、大きな責任を負っている。この世界五千万人のために、たった三人を捨て駒にすることを、躊躇うとは思えません」
《さすがじゃの、であるが故に、神は妾のミッションを敢えて曖昧にしたのじゃろう》
《なるほど》
《ま、神は、神、彼のトロッコ問題へ答えは自明、「ポイントを切り替える」じゃ、五人の命を守るため一人を犠牲にする選択、躊躇いなくするじゃろうがな》
「確かに、クリティの言う通り、私たちの成すべき事のリスクはどんどん高まっている。だけど、だからといって、この運命の先に待っているものが、死とも限らないでしょ? それに」
「それに?」
「クリティと一緒なら、死すら怖くないわ」
「まぁ、お熱いこと、私、ここでご遠慮申し上げた方がいいのでしょうか?」
「あはは、いえいえ、もう少し、お話ししましょ? 夜は長いですから」
あの時、バイク事故の瞬間、向日葵もそう思ったのだろうか? いやいや、それは、オレにとって一種の言い訳だ、自責を美談のオブラートに包み、曖昧にしようとしているのかもしれない? でも、もしかして、そうなのか?
「なに? クリティ、涙ぐんだりして」
「ちょっと、前世のことをね、話せないのだけど」
《考え過ぎは主様の悪い癖じゃのぉ、今、それを問うても決して答えは得られぬと、主様も分かっておるじゃろう?》
《かもな、って、あっ! 忘れてた》
「ああ、そうだ、エリナ、最後に」
「なに? クリティ」
「味噌っカスなどという言葉は、以降、禁止。お父様は、エリナのことを心の底から心配していると思います」
「なんでもお見通しね、クリティ。だけど、アレは照れ隠しのようなもの、分かってるわよ、父が私をこんな歳まで結婚させなかった真の理由。でも、ありがと、我が父を褒めてくれて」
「クリティ、今のは言わずもがな、だったんじゃない?」
「沈黙は金でしたね。失礼しました」
「いえいえ、じゃ、おやすみなさい」
将来への期待と漠たる不安を抱えつつも、なんだか楽しい学園生活、って、コレ、不安のレベルは違えども、前世の若者も同じだったんじゃね?




