地球は丸い
なんて言ってると、姫が突然。
「あっ、そうだ! クリティ、マニュキュアしてなくない?」
「ああ、そう言えば」
《悪魔本来の姿なら、赤く長い爪があるからのぉ》
《一応、身だしなみ、必要だよな?》
《うむ》
この世界のマニュキュアは、消しゴム付きペンといったところだ。ペンで軽く爪をなぞるだけで、綺麗に濡れる。消す時は反対側の消しゴムツールで。ひとまず、桜色のシンプルなマニキュアを買った。
「姫、先ほどから結構な散財をしていますが、お金、大丈夫なんですか?」
彼女、オレの分含め、王室へのツケというか、王室印のある小切手を切りまくっているのだが。
「これくらい、いいと思うわよ。じゃ、この指輪、クリティが奢ってよ」
姫はアクセサリーを売っている露天前に、しゃがんでそう言った。
「あ、あそこの、よくない? 三つお揃いがいいですわ」
エリナが指差したのは白銀の指輪、幅は八ミリほどか、不思議な文字、テーベ文字に似ている、が書かれている。
「主は、あなたを、行くにも帰るにも、今より永久までも守られる」
「すごい、クリティ、読めるんだ!」
「詩篇121」であることをオレの口から話すことはできないけれど、文字を読むだけなら大丈夫。
「お守り指輪として、いいのではないでしょうか?」
オレは銅貨三枚を出して指輪三つを購入した。
「今日の記念に。あら、薬指にピッタリ」
ああああ! なぜに、二人とも左手薬指に嵌めるわけ? 一つ小さめのをオレが貰ったのだが、それもオレの薬指にピタリと嵌るわけで、いや、神様、ここまで仕組んでないよね?
「さて、あそこのオープンカフェで、暖かいものでも飲みましょうか?」
春にはまだ遠い季節のはずだが、全然、寒くない。ま、暖かいものが欲しいかなぁ〜 くらいの気温だ。
黒服にエプロン姿、ちょっとイケメンのウエイターさんに三人ともカフェ・クレムを頼んだ。ま、普通のカフェオレなんだけどね。生クリーム乗せで、シナモンが入っているのは前世と同じ、かな。
「ねぇ、クリティ、この間、授業中に、なんか、いろいろ考えてたんじゃない?」
「ああ、あれは自己解決してしまったのですが」
「あの歴史の授業が何らかのヒントになり、前世の知識を駆使して考察していたって、ところかな?」
姫、さすがだな。オレは目を開き気味にした。
「ああ、そうだ、エリナには、まだ言ってなかったわよね」
姫、オレは前世については語れないが、なぜか、イエス・ノーを目で合図することだけはできるという仕組みについて説明した。
「神様の盲点というより、わざとヒントをくれたんだと思います。どこまで、説明できるかは分かりませんが、試してみましょう」
と言って、オレは続けた。
「えと、空の月、アレって丸いでしょ? さらに遠い星もよく見れば丸い」
という、オレの禅問答に対して、姫は。
「うん、うん。だから、私たちの世界も丸いんじゃないの?」
あああああ! 姫の言う丸は平面、円のこと? そうか! この世界の世界地図、四角い紙に描かれているが、外周を円で区切ったヨーロッパ風の地形になっている。
世界の「境界」は円形になっている、と姫は思っているのだ。ううう、球体という「真実」を話せないぃぃ。クッソ、めちゃくちゃ、ストレス溜まるなコレ。
「えと、丸というか、遠い星をよく見たことは、ありますか?」
「あ、私、ありますわ、白っぽくてオレンジの帯があるの」
そうそう、エリナ、それ木星。
「そうだ! 輪があるやつ、よく見ると球?」
土星だ!!!! いいぞ、エリナ!
「え! クリティの言う丸は円ではなく球? もしかして、この世界も星と同じと言いたいの?」
さすが姫、オレは目を大きく見開いた!
「正解なんだ! 球体なのに地面を見れば平らに見える。私たちが、その『丸さ』を感じないということは、とてつもなく巨大ってことよね?」
再び目を見開く! その通り。
「そうです、そうですわ。思い出しました! 私の故郷には海があります。遠く水平線からこちらに向かって来る船は、帆の先から見えて来るんです。漫然とそんなものだろう、と思っていましたが、この世界が平らだったら、あり得ないことですわ!」
おい、みんな、頭良過ぎ!
「え! そうだ、そう、そう、そう! 世界が丸いなら、海を陸をずっと真っ直ぐに行ったら、元の場所に戻るハズでしょ? 世界地図の端と端は『繋がって』いなければならない」
「姫、そ、その通りです!!」
もはや、客観的事実になってしまえば、隠蔽もクソもないってことだね。
「ならば、あの世界地図は、端と端が繋がっていない不自然な形をしている、ということになりますわ」
「あの地図は間違っている?」
オレは目を閉じた。
「そんなはずないわよね。ならば、世界の『繋ぎ目』は、あの地図には描かれていない?」
オレは目を見開いた。
「分かったわ! あの地図は、この世界、この星の全てではない!」
「その通りです!」
「だけど、あの地図の先に行った人はいない、ってことかな?」
「そうだと思いますが、私も、あの先がどうなっているのか? は、言えないのではなく、分からないのです」
姫やエリナの推理が、進めば、進むほど、オレが話せる範囲が広がるようだが、これ、なんだろ? 頭クラクラしてきた。
「驚愕の事実と言えるわね。ああ、でも、このお話、これくらいにしましょうね。クリティ、すごく疲れるみたいだから」
さすが姫、オレの表情の微妙な動きも察知してくれたようだ。




