令呪
「そんな、四角四面に考えなくていいんですよ、ドロシー。ほら」
オレは彼女に誓書を見せた。
「え!」
呪いの誓書は白紙に魔法陣が描かれているだけだ。
「姫の妙案です、制約事項のない呪いは無意味でしょ?」
「なぜ?? どうして!!」
「いいじゃない? 私たちは貴女を試した。呪われてでも『正道を歩む』という誓いに背かぬかと。そして、その試練を貴女はみごとに超えてみせた、そうでしょ?」
「そ、それは」
戸惑いを隠せないドロシーに、姫は最後の一押し。わざと怒った顔をして。
「私たちが一生懸命考えて貴女にあげた言い訳なのよ、こんなのじゃ、ご不満かしら?」
「いえ、そういうことでは……」
「貴女は、まだ、若く、魔族の血を引いているということは、人族よりも長い生を歩むのでしょう。だから、何者にも縛られず自由に生きていきなさい、そんな意味も込めた、私たちからのプレゼント、受け取ってくれるわよね?」
なんか、アレじゃね? この感じ、向日葵がオレに司法試験チャレンジを提案したのと、同じ発想だよな。
相手が感じる負い目を納得させる理屈まで考えてやれる。ま、前世から分かってたが、凄い、としかいいようがないよ。
「この令呪は恭順の証、呪いはなくとも、僕は、お二人にとって、永遠のサーバントです」
「また、また、もっと気楽にね。で、そうそう、折角、ドロシーという、女の子らしい名を名乗るのだから、自分のことは、『私』でね」
「は、はい」
「姫、夜が明けて来ましたよ。少し寝ておきましょう」
「じゃ、狭いけど三人で」
ベッドに入ったと思ったら、ドロシー、すぐに寝息を立て始めた。その寝顔はまだまだ幼い。ドルトニア王、あの、クソ野郎、やっぱり、殺しておけばよかったか?
《随分とお怒りで》
《オレの怒り、伝わるんだ》
《ま、だんだんな、以心伝心というヤツじゃ》
翌朝、朝食は食堂から部屋に運んで、三人で食した。オレは一日、聴講を休むことにして、学生寮のみんなが、授業に行っている隙を見計らい、ドロシーと裏庭に出る。
「じゃ、行くよ、背中に摑まって」
「はい!」
久々、オレはネルヴェ冒険者ギルドの中庭に着陸した。
コンコン
「おおおお! クリティさん、お久しぶりです。でも、なぜに、メイド服?」
「アハハ、これにはいろいろ事情がありまして。もう、ギルマスには包み隠さずお話することにいたします」
事の経緯からドロシーは目立たぬよう暮らす必要があるだろう。彼女、子供に見えるがパペッティアとしての実力はかなりのもの。ならば、ネルヴェで冒険者というのは、うってつけのリクルートだと思ったのだ。
だが、こうなってしまったら、もはやギルマスに隠し事はできないだろう。オレは翡翠の宝珠奪還から、昨日までの経緯をかいつまんで話した。
「なるほど、あのような大金、国家レベルの話に違いないとは思っておりましたが、そんな大事だったのですね。お話いただけたのは、私の信じて下さったが故、守秘義務は固く守らせていただきます」
「ありがとうございます」
「して、このドロシーさんを当ギルドでしばらく預かると?」
「いえ、そこまでお考えになる必要はありません。彼女、パペッティアでして、冒険者をやるとなれば、かなりの手練れです。当面の宿やクエストの紹介だけしていただければ十分です」
「なるほど」
「見た目は子供ですが、ドロシーは成人、一人前と考えていただいて問題ありません。当面の生活費については、私の口座から金貨二枚ほど、彼女に渡してください」
「リムゲイム様、いろいろ、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
ドロシーも頭を下げた。
「うーーん、クリティ殿から、たっての依頼ですし、話してみて、ドロシーさんも人品骨柄卑しからず、とは思います。それに、事情が事情ですし、何とかお力になりたい気持ちはあるのですが……」
「もしかして、彼女の出自を気にしておられます?」
「え、ええ、私は気にしませんが、他の冒険者の手前というか……。私にも立場というものが、ありまして」
確かにな、ギルマスという職階、会社でいえば部長ってところか。それなりの権威はあれど、上からの圧力、下からの突き上げ、いろいろキツイんだろう。
「そんかこともあろうかと思って。彼女の左手をご覧ください」
オレはドロシーに、こっそりウィンクし、その左手を取ってギルマスに見せた。
《な、呪いの上書きってできないのだろ?》
《ああ、そうじゃが》
《呪い防御にもなるし、思わぬ効能もあるな》
《人特有の典礼様式というものかのぉ〜 この種のこと、妾には理解できぬが》
「彼女には、ルルメリア姫と私の命に抗えぬ呪いがかかっております」
「なんと! そこまでやったのですね! これはこれは大変な失礼を。ドロシー君の更生にかける決意、十分理解しました。いいでしょう、早々に冒険者登録を」
ギルドマスターの部屋から出たオレたち、受付には変わらずレンカがいた。
「この子、じゃなかった、この方はドロシーさんという、クリティさんのご紹介で、冒険者になりたいそうだ。手続きをお願いしたい」
「クリティさん、お久しぶり、どういう事情か知りませんが、メイド服、とってもお似合いですよ」
そう言いながら、レンカは例の血圧測定器で、ドロシーのステータスを測定した。
「ちょ! なに、これ!!!」
またしても驚きを隠せないレンカ。測定結果を見ると、総合レベルLv.90って! 単純平均だよ? どんだけぇえぇぇ!!




