決闘
《今、ここで、死刑を執行してやるかのぅ?》
《いや、殺さずの誓いには背けない》
《立派な心掛けじゃ、主様は、どんな目にあっても、信念を貫くということじゃな》
チクショー、涙出てきた。
「いい加減にしなさい!」
とうとう姫がキレ、声を荒げた。
「アレ、これなんだ?」
さんざん、オレの体を触りまくった取り巻きは、エプロンの腰紐に挿した木槌を取り上げた。
「それが私の武器です。魔法ブーストするような魔道具じゃないでしょ? 返してください」
「オオットォ〜」
なんだろね、いじめっ子のステレオタイプ? オレの背が低いのをいいことに、取り巻きは木槌を高く持ち上げた。ハァ〜 すかさずオレは加速モードに入り、その手から木槌を取り戻す。
「アレ?」
狐につままれたような顔をして、突如、木槌が消えた右手を見ている腰巾着野郎。
「つまらぬ余興はこれくらいにして、始めましょう!」
「お、おお」
「じゃ、二人ともマウスピースを」
姫が準備してきたマウスピースを二人に渡した。このマウスピースは、前世のボクシングやラグビーで使われるものとその役目は同じ。衝撃から歯の損傷、歯による口内の裂傷を防いで、脳への振動を軽減するための器具ということだ。
だが、もう一つ、魔法の世界における役割がある。マウスピースを噛んでいる間は、沈黙の魔法により言葉を発せない魔道具、ともなっているのだ。すなわち、魔法を詠唱できない。魔法使用不可の決闘ルールを遵守する、という意味合いも含んでいる。
マウスピースを噛んだ二人は、丘の中央付近で対峙した。その距離、約五メートル。どこか合点がいかぬ表情をしていたアードルフだが、瞳の奥に恐怖が宿ってくるのが分かる。
そりゃ、そうだろ? 自分は大剣と鎧で完全武装している。その前に、メイド服姿で木槌を持った、身長百四十センチの少女とも見える女が立っている。しかも、スーパーで胡瓜の値踏みをするがごとく、平然とした表情を浮かべて、だ。
「エイ!」
正体の分からぬ鬼胎、名状し難い恐怖、それを振り払うように、侯爵家のバカ息子は力任せに剣を振りかぶり、オレに襲いかかってきた。
あああ、オレ、剣の実技、見学しているだけなのだが、その型は覚えたよ。余分なところに力が入らぬ身のこなしってあるよな? 真逆じゃん!
加速モードに入ったオレ。剣を躱す? 必要もなかった。だって、まだ、振りかぶったままの状態なのだから。バカ息子の横に回り込んで、彼の手の甲を軽く木槌で撫でた。
はい、おしまい。オレは、そのままクソガキの背後まで走って、振り返る。
ガシャン
「イタタタ! 手、手があぁあぁ」
ま、痛いでしょうね。橈骨遠位端骨折ってところかな? てか「痛い」と喋れるってことは、マウスピースを吐き出したんだよね? 決闘ルール的にはタオルを投げたってことなのだが、ま、いいか?
オレは、すかさず、彼が取り落とした剣を拾い、兜を弾き飛ばす。片手で持って、切っ先を喉元に突き付けた。もう、オレも喋るしかないよね?
「さ、アードルフ君、選んでもらいましょう。死か、我が姫君への謝罪か」
「イ、イタイ、わ、分かりました、イ、イタタタ」
お前なぁ〜 骨が折れたくらいで大仰なんだよ。
「姫様……」
アードルフは蹲ったまま、姫に謝罪の言葉を述べようとした。まぁな、王様にもやらせたんだから、ここは右に倣えだよな。
「ゴラァ!! 姫を侮辱したのだぞ、万死に値すると言ったはず、土下座、ど・げ・ざ、だろが? この、クソ野郎」
「は、はい」
「ルルメリア姫様、この度は、大変な御無礼を働いてしまい、誠に申し訳ございません。この通りでございます。どうか、どうか、寛大なる御慈悲をいただきたく存じます」
お前は、さっきのセクハラ含め、二度もオレに死刑宣告された身、ご褒美は、やらんよ。頭、踏んでなんか、あげないんだから。
「ま、そこまで言うなら、許してあげないこともないわ。だから、言ったでしょ? クリティはとても強いと、おバカさんね」
と言いながらも姫は優しい、アードルフの手を取って治癒魔法をかけた。
「木立を渡る風よ、木の精霊よ、その大いなる慈愛を示し、この者に癒しを。ヒール!」
実は、姫、ヒーラーとしてはとても優秀、というか、学生の域を遥かに超える神ヒーラーだ。またたく間に、バカ息子の折れた骨は元に戻った。
「さっ、もういいわね。クリティ、帰りましょ?」
「ですね」
と、オレたち二人は、アードルフたちに背を向け、丘を降りようとした。
「こ、このやろう!」
おい、おい、お前、マジでアホだな? 不意打ちをするのなら、黙って静かに相手の背後に忍び寄るのが常道だぜ? オレは振り向き様に。
パチン
バカ息子、ご自慢の剣が消えた。何が起きたのかも分からず、両手を見つめる、アードルフ。
パチン
今度は鎧が消えた。
「オイ! 人の背中から斬り付けるだと? いい根性してるじゃねぇか! アン? 三つ数えらた、お前の頭を吹っ飛ばす、いいな?」
オレは、バカの顔を睨め付け、カウントダウンを開始した。
「3、2、……」
「ヒッ、ヒイイイィィィーーー」
オレの剣幕に押され、恐怖で腰が抜けたのだろう。彼はその場に崩れ落ちた。あれ? また、変な臭い? バカ息子の股間にシミができたと思ったら、黄色く生暖かい液体が周りの地面を汚した。




