学園長
学舎の造りはルネッサンス建築に相当するだろうか、燕児色の屋根と白く塗られた壁が美しく、半円状のアーチが印象的な建物だ。
オレたちは学舎の正面玄関を抜け、真っ直ぐ学園長の部屋に向かった。無垢のチーク材製ドアをノックする。
コンコン
「どうぞ、開いてますよ」
学園長は女性のようだ。静かなアルトが聞こえてきた。
「失礼します」
白髪まじりの黒い髪にブルーアイ。コーカソイド系にも見えるが、やや肌が浅黒く、前世でいうところのアラブ人に近い気がする。歳の頃は五十代後半か。小柄で上品な感じのする女性が、にこやかに迎えてくれた。
「そちらにおかけください」
学園長は執務机から立ち上がり、オレたちにソファーを勧めつつ、向かいのシートに腰掛けた。
「貴女がクリティさんですね。アグスチヌス王から、お話は伺っております。初めまして、私は、この学園の長を務めます、アミーナと申します。どうぞ、遠慮なさらず、お掛けください」
「いえ、私は、姫様の使用人でございますから」
「貴女が姫の使用人というのはフルシュ王国内のお話です、学園での貴女は聴講生、生徒ですよね? 我が学園に学ばんとする者、皆平等というのが、ここでの決まり。ですから、どうぞ」
「では、お言葉に甘えて」
オレは、姫の横に座った。だけど、学園長、なんで、オレの名前はおろか、事情まで心得てるの?
《ディア、この世界に電話とかないよね?》
《ああ、それはのぉ》
ディアによると、この世界に電話というものが存在しないのは、確からしい。だが、電話に代わる通信手段、魔法の通信本というものがある。二冊セットになっていて、一冊に記入した文字が、もう一冊に現れ出るという魔道具だ。
これを使った電報屋が各街に存在するとのこと。ルルの父、王様はこのサービスを使って、学園長に事前の根回しをしてくれたのだろう。
「改まして、クリティでございます。ルルメリア姫様のメイド、兼、護衛としてお仕えさせていただくことになりました」
「まぁ、貴女、冒険者でもいらっしゃるのですね。お若く見えますが、頼もしい護衛さんですこと」
「学園長、この度は、私の我儘で、大変なご迷惑をおかけしました……」
「もう、それ以上、仰らなくて結構です。お父様から、ちゃんと事情を伺っておりますから。ルルメリア様はこれから、遅れた分、頑張って勉学に勤しんでください」
「ありがとうございます」
「お二人とも着いたばかりでお疲れでしょう、今夜はお部屋でゆっくりなさってください。ああ、クリティさん用のベッドと机、すでに準備しておりますので」
「あの、折角のお取計なのですが、警護の関係がありまして、ベッドは一つで問題ございません」
ちょ、姫様、何、言ってるの?
「左様でございますか、では、ベッドは片付けるとしましょう。お国同士のお話、私などが口を挟む立場にはございませんが、姫君様のお立場では、何かとご心労も多いと拝察いたします。ですが、ここは学舎、国際条約により、その自治はもちろん、治外法権が認められております、どうかご安心ください」
《何度も申しておるじゃろ? 妾は、なんの問題もないぞ。あれは、あれで悪くないからのぉ〜》
《って、ディア、唐突に出てきて、妙に含みのある言い方、言いたい事は他にあるんじゃないのか?》
《ああ、この学園長、見た目はソフトじゃが、なにか食わせ物の匂いがするぞ。気を付けておけ》
《宝珠の件、知っているような口振りだな。だが、ここは教育機関だぞ。彼女と王が親しいが故、内情を包み隠さず話しただけ、ではないのか?》
《いやいや、主様は、まだこの世界の事、知らなさ過ぎる。地球の学校とはちと違うのじゃよ。主様に危害が及ぶという意味ではないがの》
《オレに危害が及ぶ事態って、もはや戦争だろが!》
《アハハ、そうじゃな、妾もそれを忘れておったわ》
「では、まだ少し早いですが、食堂で夕食でも召し上がって来られてはいかがですか?」
「はい、そうさせていただきます。では、学園長、引き続き、よろしくお願いします」
オレたちはカーテシースタイルのお辞儀をして、学園長室を出た。
「ねぇ、クリティ、一歩下がって歩くとか、なんだか、メイドの仕草が板に付いているわね」
「あの、それは……」
「言えないということは、前世の知識かな? だけど、改めて言っておく、貴女が私に仕える身だというのは、あくまで建前、そう言わないと、貴女が生きる選択をしてくれなかったから、止むを得ず命じたこと。いいわね、愛は対等、私の気持ちに変わりはないわ」
「ありがとうございます」
「もぅ、そういうところよ! だから、借りとか貸しとかは、ナシ! ね。ところで、その服、活動的な前のに比べ、ヒラヒラして歩きにくくない?」
「それは大丈夫です。私、正確には歩いておりません。僅かに浮かんでいるのです」
「そうなんだ! 道理で足音がしないはず。でも、メイド服姿のクリティ、とっても可愛いわ」
「そうですか?」
「あ、赤くなった。ますます、可愛い❤︎」
「ああ、人目がございます。ここで、そのような……」
「じゃ、お部屋でゆっくりね」




