契約解除
ルル姫と二人、エルフの国の首都ステラに向かい森を歩く。そういえば、向日葵と暮らした三年間、弁護士業がとても忙しかった彼女とは、旅行なんて行ったことなかったな。
このあたりの森の木はトウヒが多いのだろうか、上空から見ると随分と黒く見えた。異世界のシュバルツバルト、黒い森といったところだろう。
森のそこここには、エーデルワイスが白く可憐な花を咲かせている。サウンド・オブ・ミュージックだよな? 本来はこの花、山岳地帯に咲くんじゃなかったっけ? この世界の植生は、地球と全く同じ、というわけでもないようだ。
《ディア、短い間だったが、いろいろ世話になったな、ありがとう》
《いやいや、こちらこそ。妾、随分と主様を気に入っておったのじゃが、残念じゃよ。ま、これも運命》
《ああ、また、新しい出会いがあるだろうさ》
《そうじゃな、だが、なんとなく分かる、お前様以上の男に出会うなど、この先、永久にないだろうことを》
《おいおい、お世辞として聞いておくが、買い被り過ぎだろ》
《そうでも、ないのじゃぞ》
《そうかい、大変光栄なことだな。じゃ、次の転生では夫婦にでも、と、社交辞令を言っておくよ》
《ああ、アレか? もちろん、モヤモヤから出た嘘じゃったよ。ま、とはいえ、ひとまず、ルルとも妾とも、別れは明日にしてはどうじゃ?》
《引っ張れば、引っ張るほど、辛くなるが、まぁ、エルフの王にも挨拶しておく必要があるだろうな》
決めていた。オレが姫の望みを叶えたのなら、ただちに二人の契約を切ることを。オレと彼女の契約、悪魔の契約は、天寿、すなわち命を対価とする。
姫とオレが長く一緒にいればいるほど、彼女はオレに何らかの命令をしてしまうだろう、そうなれば、どんどん彼女の命が削られていく。そんなこと、あってはならない。
姫には敢えて曖昧に説明したが、この契約により二人の命は繋がってしまった。すなわち、彼女が死ねばオレは死ぬ。だが、その逆はない。
とはいえ、オレは契約に縛られている身、自らの意志で自殺はできない。すなわち、この契約を途中解除するための、ただ一つの方法は「ルル姫がオレに自死を命じること」となる。
オレが死ねば、転生はするのだろうが、再び姫に会える幸運などない、と考えた方がいいだろう。だが本来、人と人との出会いは一期一会であって然るべきだ。
オレは神から望外のチャンスをもらい、これが二期二会となった。さらには、前世の心残り、向日葵=ルル姫への報恩謝徳も見事に果たせた、と思う。だから、だから、もう思い残すことなどない! ない、はずだが……。
そんなオレの心中が漏れ出てしまったのだろうか、姫は前世のことを知りたがった。
「ねぇ、ねぇ、やっぱり私たちの前世、少しでも知っておきたいわ。話せなくともイエス、ノーのジェスチャーはできないの? イエスならパー、ノーならグーを出してみて」
「はい、試してみましょうか?」
「前世、私は男、貴女は女だった」
「うーーん、手が動きません」
「ならば、目はどう、ノーなら目を閉じてね。もう一回、同じ質問」
「はい」
「あ!! 瞬きならできるじゃない! 神の創りしものでも、完璧ということはないのね!」
こ、これは驚きだ!
「えええ、なんか予想が外れたな。うーーん、あっそうか! 貴女は私に前世の真実を話すことができない。だから、私を主上と言ったのは、全くのフィクション、その整合性だけを担保して作った寓話ってことか!」
さすが、姫様、とんでもない洞察力、いや違う、彼女は状況証拠から、ひとつひとつ論理を組み立てる能力に秀でている、そう考えた方がいいのだろう。
お姫様っぽい世間知らずな部分はあるが、こりゃ、次期、女王ともなれる人かもな。頑張れ! 向日葵。
「ならば、貴女が夫で私が妻だったってことになるのかな? ああ、そうか!! 分かったわ!」
「え? 何が分かったのですか?」
「きっと、貴女は夫として、妻に大きな借りがあると思っている。そうでしょ?」
オレは目を閉じなかった。
「そう、じゃ、これは是非、クリティに言っておきたいわ。前世の私は、今の私と魂は同じってことよね? だから断言できる。彼女は一ミリだって、貴女に貸したなんて思っていなかった。彼女は貴女に対する当然の愛情を示しただけ。考え過ぎよ、クリティ、もっと肩の力を抜いて、ね、ね」
もしかして、オレの心、全部、姫に見抜かれてるんじゃないか? 確かに向日葵、鋭いところあったからな、いかん、ダメだ、また涙出そうだ。
ヤバイ!! と思ったが助かった。いつの間にかオレたちはステラの入り口まで歩いていた。
視界が急に開ける。夕暮れ前の深山幽谷、山の断崖に沿って多数の住居が並んでいた、ざっと数えて数百、いや千軒ほどあるのではないか?
街の中央にはこれを二分するように、清浄な水が流れる川があり、遠くには山の頂上付近から流れ落ちる滝も見える。川にかかる木橋を超え、少し登って行くと、大理石だろうか白く輝くような建造物が山を背にして立っていた。




