モヤモヤ
オレは、ルル姫と連れ立って一階に降り、食堂で日替わりプレートを注文した。食事をしていると、さっき、彼女がオレを誘った言葉を聞いたからだろうか、珍しくディアが叫んだ。
《ああ、モヤモヤする! このモヤモヤはなんじゃ?》
《随分、大人しいと思ったら、どうした?》
《止めた方がよいぞ、ルルと致すのは》
《どういう意味だ?》
《妾もかつて契約したマスターとは致さなんだ、思わぬ隙ができるからのぅ》
《ああ、キスをしただけで、意識が飛びそうになるのは、契約による何か? ということか?》
《そ、そうじゃ》
《うん? ディア、なんだか嘘くさい、苦しい理屈だな? 不意打ちを受けても、例のピアスがあるから大丈夫なんじゃないか? もしかして、嫉妬してるのか?》
《妾は、妾は、し、嫉妬など、しておらん!! モヤモヤ、そう、モヤモヤじゃ》
《なぁ、ディア、オレは向日葵、ルル姫のことを愛している、全てを捧げるつもりでいる。だがな、それと、君との絆は別だろ? ディアにだって、この世界に来てから、随分と世話になった。感謝していることには違いはないぞ》
《どう頑張っても、今の妾は、主様と交わることはできぬ。じゃがな、来世、来世を見ておれ!》
いや、オレ、この世界で死んだら、どこへともなく転生するのだろ? 向日葵もそうだが、君とだって、今生限りだと思うが……。
ミエミエの嘘? コイツ、意外と可愛いところがあるのかな? でも、まぁ、大人の対応で。
《ああ、分かったよ。そうなれば、悪魔と目合う、その運命は甘受することにするからさ》
《まぁ、よい! ひとまず、この話はここまでじゃ》
「どうしちゃったの? 食事中、急に黙り込んで」
「ああ、それは……」
オレは、心の中に、この体の元持ち主、ディアボロスがいることを姫に説明した。
「ふーーん、貴女の体が女だということは、その悪魔も女よね?」
「そうですが」
「なんか、微妙に、モヤモヤするんですけど」
「ちょ、姫様まで、ディアと同じことを」
「ディア? なに、貴女たち、愛称で呼び合ってるわけ? でも、そのディアさんは、今生の間、貴女と共にある。すなわち、貴女と別人格になることはできないってことよね?」
「はい、私が死んで、その魂が輪廻の輪に帰るまでは。と言っても、死後、私の魂は、どこかへ飛び去ってしまうようで、運命の邂逅などないと思いますが」
「ならいいわ、大切な貴女を泥棒猫に取られる心配はないのだから」
「いやいや、彼女はとても貴重な情報をくれる存在、だから、仲良くしてください」
「分かった、分かったわ、これが、不毛な議論だということは十分認識したから、安心して、貴女をこれ以上困らせないつもりよ」
ということで、なんだか、二人の女に惚れられた? 男冥利に尽きるってことかもしれん。あああ、オレ、女だったっけ? ま、こればっかりは、オレに責任はないと思う、思うぞ!
で、その後、姫はオレの要望を聞いてくれたようで、何事もなく一夜は過ぎていった。
でも、なに? この甘い香り、ちゃんとシャワー浴びたはずだし、今オレは女はわけで、同性の匂いって、あんまり感じないよね? だけど、とても、とても、落ち着く、落ち着く…… ふあぁぁあ〜〜
翌朝、オレは夜明けとともに目が覚めた。
「おはようございます、姫」
「おはよう。って、ルルでいいって」
「いいえ、私は契約を結んだ身、貴女様の僕、サーバントです。ですから『姫』と呼ばせてください」
「もぅ、分かったわ、貴女の好きなように」
「ところで、姫のお荷物、少々大きいので、ギルドに預けてから、行きますか?」
「うん? どういう意味」
「あ! そうでした、ワープのことはご説明していませんでしたね。失礼しました」
オレは、再度、魔法、重力操作について説明した。
「うーーん、私の物理学知識では、理解できないことも多いけど。原理はともかくとして、一度行った所、目に見えるところに、瞬間移動可能ってことよね」
「はい、ワープの際、周りの物質も巻き揉んでしまうため、空に上がる必要はありますが。姫が地図を見て指示した場所に転移して行けば、王都ヴィスワルドに到着するまで、一日もかからないと思います」
ここネルヴェからヴィスワルドまでは約七百キロ。海抜四百五十メートルの東京スカイツリー第二展望台から見渡せる距離が約八十キロということを考えれば、十回くらいの飛び石ワープでヴィスワルドに到着できるだろう。
オレたちは溺れる人魚亭の主人に旅立つことを伝え、清算を済ませた。人魚亭を出て冒険者ギルドに向かう道には、女郎花が黄色く揺れ、行く夏を惜しみ秋近しを告げていた。
二人でギルドの扉を押す。
「レンカ、おはよう。あの、ギルマスいますか?」
「おはようございます、クリティさん、はい、在室しておられますよ」
「では、お二人にお話が……」
オレはリムゲイムとレンカに、ルル姫こそがオレの探していた人だ、という話をした。ただ、宝珠盗難の経緯については、軽々に他言できるものでもないだろう。
「これこそ、神のお導きですね! 本当に、よう、ございました」
「我らがこれから成す事を詳細に説明するのは、少々憚れますが、用を済ませたら、一旦、ギルドに戻り、二人で旅立つことにいたします」
「かしこまりました。では、お荷物はお預かりします。ワープされるのですよね? どうぞ、中庭もお使いください」
「いつも、なにからなにまで、お世話になります」
「いえいえ、お気を付けて」




