ウサギ狩り
オレとジャンは、近くの森まで歩き、ハーフ(約1時間)ほどで、森に入り口に到着した。針葉樹の根元には、ギンリョウソウが可憐な花を咲かせている。
この世界の森には一般の動物に混じって魔獣が多数生息しているが、縄張りのようなものがあるようだ。市街地から入ってすぐのあたりは、一角ウサギのテリトリーということらしい。
「さってぇ、ウサギ狩り、チャッチャと片付けますか? ところで、ジャン、ウサギの心臓ってどこ?」
「へ? えーっと、このあたりでしょうか」
ジャンは地面に枝でウサギを絵を描いて説明してくれた。
「どうするんすか? てか、姉御、武器も杖もお持ちではないようですが?」
「いいから、いいから、私、このあたりで待機するから、兎を追い出してきてくれるかな」
「はい、でも、少々お待ちを……、ウ、、、」
と言ってジャンは草むらに消えた。しばらくして。
「ああ、スッキリした! もう大丈夫っす。では、いってきます」
放送コードに引っかかりそうな呻き声が聞こえてたから、指を喉に突っ込んで強引に吐いてきたのだろう。コイツ、チャラい見た目のわりに、結構、根性あるかもしれない。
一角ウサギというのは、真っ白い毛並みに赤い目、サイズはモリウサギくらいだろうか。長さ五センチほどの螺旋状の角がある以外、前世のウサギと大差ない。性格も窮鼠猫を嚙むような攻撃はあるが、武器で追い立てれば逃げるのが常だ。
ジャンは柄に似合わず器用に、数羽ずつオレが待機している広場に誘導してきてくれた。
「はい、これで、ああ、十二羽になっちゃったけど、終了ね」
「す、すごいっすね。すばしこいウサギを一撃とか。まぁ、あのドラゴン倒した姉御だから当然か?」
「じゃ、ギルドに魔石を納品したら、まだ早いからお昼でも食べましょうか? もう食べれるでしょ? 今日は奢るわよ」
なんか、めちゃくちゃ、平穏でいい感じなんですが?
《なぁ、ディア、オレ、なんか望外のご褒美を神にもらってないか?》
《いや、主様は大きな罪を犯したと勝手に考えているようじゃが、そんなことはないぞ、知らず知らず善行も積んでおった》
《そうなのかな? ま、オレはいい、だが、ディア、こんなチンマイところに押し込められてる、君はどうなんだい?》
《むしろ逆、小さいからよいのじゃ。考えてもみろ、ニュートン力学、マクロの世界に生きていた悪魔が、素粒子の振る舞いを知る。これはこれで、妾にとってエキサイティングな体験なのじゃよ。大層、気に入っておる》
《ふーーん、そんなもんかな》
それからしばらく、オレは冒険者を継続することにした。高難易度クエストがある時はソロで、目ぼしいものがない時はジャンと一緒に初心者向けをこなした。
ジャンという男、女好きではあるが、向上心があり、根は真面目で信頼のおけるヤツだということが分かってきた。
なので、オレの能力についても包み隠さず説明し、遠くのクエストはワープ移動することにした。
向日葵と再会した時のために、二人で移動する際の安全性を実験したかった、という狡い考えもあったが、ま、ソレは黙っておいた。彼も往復の旅程で何日もかかるクエストが半日で終了し、とても喜んでいた。
一ヶ月ほどの時が流れた。その日はクエストを受注せず、休養に充てるつもりで、朝寝をしてブランチを食べ、昼前から、街に出てメインストリートの店を冷やかしていた。
《なぁ、ディア、折角、女、こんな美少女になったんだから、可愛い服のひとつでも買うか?》
《なんじゃ、とうとう主様もメス堕ちかのぉ》
《そうかもしれんが、女の子アバターにお洒落させたいみたいな?》
《ふむ、じゃがのぉ〜 この世界の衣類、着たきりで五年は持つぞ》
《確かに、荷物になるのは嫌だなぁ〜 あ、そうだ! 魔法で四次元ポケットとかできないわけ?》
《残念ながら亜空間操作はできぬ。じゃが、どこか安全な部屋にワープポイントを設けて、各所から戻るという手はあるかのぉ》
《なるほど、その部屋を倉庫代わりにすればいいと》
ブラブラ歩いていると、いつの間にか冒険者ギルドの前まで来てしまっていた。
ウン? なんだろ? 中から大きな声で、争う? いや、クレーマーっぽい怒鳴り声、甲高い女性の声が聞こえてくる。
思わずドアを開けて中に入ったオレ。後ろ姿しか見えないが、身長170センチくらいのスラリとした体躯、眩いばかりの黄金色に輝くストレートロングの髪、三角の耳がはみ出していることから、彼女はエルフ族だろう。
顔を揺らした際、ちらと覗く頸が透き通るように白い。ハイ・エルフといったところか。
「ですから、何度もご説明いたしました通り、レベル測定の結果、Lv.30を下回る方に、冒険者のクエストをお願いすることはできません。これは、貴女様の身の安全を鑑みてのことです」
「お役人のような台詞を繰り返すのは止めて。たった、1レベル足りないだけじゃない、私には重要な使命がある、だから、どうしても、どうしても、路銀を稼ぐ必要があるの。私にとって、その使命は命に代えても成さねばならぬこと。身の安全? 私が、私自身が、死んでもいいと言っているのだから、問題ないでしょ!」
「いや、そう申されましても」
レンカのSOS視線がオレの目に絡んだ。ま、仲裁してやるか?