天網恢恢疎にして漏らさず
太陽系第三惑星地球、豊かな自然と温暖な気候の星に、神と呼ばれる存在、全宇宙で最も高度な文明を持つ知的生命体が、ある実験を行った。彼は生物の進化に干渉し、ついに現生人類という神によく似た知的生命体を創ることに成功した。
だが、実験動物に過ぎない人類はその分を弁えず、「我々は神に選ばれし種族である」という不遜な考えを持ってしまったようだ。我が物顔に他の生物を弾圧・迫害し、多数の種が地球から消えた。
さらに人類は産業革命などという愚行により、美しかった地球を汚していった。二十一世紀になって、彼らはやっと自らの過ちに気付いたようだ。「このままでは、我々が滅亡してしまう」と。今更ながらのSDGs、しかし彼らは人類だけが豊かに生存し続けるという、賤しい発想しか持ち得なかった。
それでも神は寛大だ、身勝手な人類に神罰が下る、などということはなかった。しかし、結果からみれば、まさに「天網恢恢疎にして漏らさず」。人類はその悪行の報いを受け、二十二世紀を待たず自滅した。全ての生物を道連れにして。
自滅の原因は、もちろん核戦争ではない、温室化効果でも、パンデミックでもない。染色体末端部にある構造、テロメアの消失だ。ある日、なんの前触れもなく、細胞分裂を制御する大切な構造体が、あらゆる真核生物の染色体から消えた。
老化が加速度的に進んだ生きとし生けるものは、子孫を残す暇もなく死に絶えて行った。当然のことながら、生物を寄主としていたウイルスなども、絶滅を免れることはできなかった。
前述のように、このことは天罰などではなく人災、人類が行っていた抗ウイルス薬開発に纏わる事故だったようだが、その詳細は定かではない。
いずれにせよ、神の壮大な実験は失敗に終わった。
神は人智を超えた能力を持っている。だが、彼は全知全能などではない。それでも神は不毛の大地となった地球の環境を整え、再び生命の息吹をもたらすべく奮闘努力した。
最初の実験でノウハウを積んだ神は三十五億年もかかった、生命の誕生から人類が登場し文明を築くまでの進化を、わずか一万年で成し遂げた。
「ああ、そうか! 一種族、人類だけに大きな力である知恵を授けたのが間違いだった。それが彼らの慢心につながったのだろう、ならば」
前回の反省を踏まえ、神は新世界をより多様性のあるものにしようと考えた。知的生命体を人類に限ることを止め、エルフ、ドワーフ、マーメイド、そして、魔族、その他、多種多様な種族を創った。
続いて神はこの世界に魔法をもたらした。新たに生まれた魔法文明、かつて失敗に終わった物質文明の対極にあるこの文明は、過度で向こう見ずな発展を抑制していた。そう、前史時代の人類が創作したファンタジーワールドに似た新世界が地球に誕生することとなった。
最後に神は再生世界繁栄の証として、新世界を代表する五種族に、神の宝、宝珠を与えた。人族には「金」黄水晶、エルフ族には「木」翡翠、ドワーフ族には「土」琥珀、マーメイド族には「水」藍玉、魔族には「火」柘榴石。宝珠それぞれには強大な霊力が宿り、各種族の繁栄を約していた。
神の思惑通り、新世界はとても平和だった。争いごとがないわけではない、殺人事件が起きないわけではない、だが、核兵器で丸ごと町が焼き尽くされるなどということはなく、環境破壊により生きとし生けるものが困窮することもなかった。
神の再実験は大成功したかに見えた。しかし……。