シリウス
生き残った。
シオンはそのことを強く実感し、大きく息を吐きだしてその場に座り込む。
だが、それを見たアイナは心配そうに声をかける。
「……大丈夫ですか? 何処か身体に大きな怪我を負いましたか……? 」
「いや、擦り傷が多少あるだけで、大した怪我は負ってない。けど……流石に疲れたかな」
大きな怪我が存在しないのは不幸中の幸いであるが、疲労は確かにシオンの身体に蓄積していた。
それが安堵と共に押しかけてきたのである。
「それなら良いのですが…………」
「ああ、だからそんなに心配そうな顔するな。少し休んだら動けるようになるよ」
本当ならシオンは、再会の喜びではしゃぎ回るのだが、今はそのような気力すら残っていなかった。
だから、代わりに感謝の言葉を口にする。
「…………ありがとう。アイナが来てくれなかったら、きっと――諦めてた」
もしあの時、アイナが間に入ってこなかったら。
シオンはきっと生きるのを諦めていただろう。そうなれば、こうやってまた会うこともなかったのだ。
こうして再会できたのは、斯様な奇跡の上に成り立っていると言える。
「間に合って良かったです。あなたが窮地にあるのなら、私はいつでも駆けつけますよ、シオンさん」
「それは――頼りになるな」
そう言って、アイナは微笑んだ。
それがあまりにも綺麗で、シオンは少し照れてしまった。
そして、遂にシオンの意識は限界を迎える。
想像以上に疲労が身体を占めていたらしい。
「……ごめん、アイナ。少しだけ寝かせてくれ」
「わかりました。睡眠中の護衛は、私に任せてください! 」
そうして、シオンは意識を手放した。
暫くして、シオンはゆったりとした感触のなか目が覚める。
ここが戦場であることを忘れそうな程の安心感がそこにはあり、シオンにはそれが不思議だった。
「あっ……目が覚めましたか? 」
そのような声と共にシオンが目を開けると、アイナが間近まで顔を覗き込ませているところだった。
そして、起きたばかりで頭が働かず状況を掴めないまま、シオンはアイナと目を合わせる。
しかし、段々と頭が冴えてくると、シオンは自身の置かれている状態を理解した。自身の頭部がアイナの膝上に置かれているのである。
シオンは顔が段々と赤くなるのがわかった。
そして、恥ずかしさに耐えきれなくなり、勢いよく立ち上がった。
「…………あっ……」
そんな愛しむような声が漏れ、ドキッとする。
そして、アイナが注意するような口調で話し出す。
「急に動き出すのは危ないですよ、シオンさん」
「ああ……そうだな。悪かった」
先程の光景が頭を過り、シオンは空返事じみたことをしてしまったが、アイナは特に気にする様子もなく座っていた。
暫くして、アイナが立ち上がる。
「時間にして三十分程の短い睡眠でしたが、疲れは充分に取れましたか? 」
「三十分も寝てしまったか。その間一人にして悪いな。おかげで調子も回復したよ」
「それなら良かったです」
アイナは嬉しそうに微笑む。
それは懐かしさを覚えるほど変わりなく、シオンにはそれこそが嬉しかった。
小さな違和感など簡単に無視できるほどには。
「今度は何処まで行けるかな……」
シオンが呟く。
今頭を占めるのは、今は無き世界での思い出であり、二人で旅した冒険の記憶だ。
何処までも行けると信じた果てがこの場所であり、あの世界の到達地点。
ならばこの世界は。
既に決められたストーリーもなければ、明確なゴールなど一切ないこの世界ならば。一体何処まで進んで行けるのだろうか。
「きっと――何処までも」
独り言のつもりが、アイナに聞こえていたらしく、そのような言葉が返ってくる。
シオンはそれを聞き、本当に何処までも行けるのだろうなあ、という漠然とした予感がして、期待に胸を膨らませる。
「……そうだな。きっと何処までも行ける! それじゃあ進むか――――まだ見ぬ世界へ! 」
「はい! 何処までもお供しますよ、シオンさん」
二人の再会はこのように。
「チーム・シリウス――――再始動だ! 」
その名は全天で最も煌めく連星。
今は無き世界における最高のチームが、この世界においても産声を上げた。
シオンとアイナの冒険は世界を越えて。
この場所からもう一度始まったのであった。
だが、二人の門出を嘲笑うかのようにその災いはやってくる。
この部屋の入口からヒールの高い靴の音が鳴り響く。
現れたのは少女の形。
光も吞み込むような漆黒のドレス。腰まで伸びた長い黒髪。胸に当てられた深紅の宝石。そして、それと同じく輝く紅玉のような瞳。
その全てが浮世離れした様子をしていて。
そうして、少女は二人に目を合わせ、不思議そうに口を開いた。
「あらあら……どうしてこんな所に人間がいるのかしら? 確かに私は命令したはずなのに――――皆殺しにしなさい、って」