二人なら
もしかしたら、とシオンは、この世界に来てからずっと考えていた。
自分がこの世界に転生したのなら、彼女もこの世界の何処かに居るのではないか。
そのような根拠のない希望が、常に頭の片隅に存在していたのだ。
だからと言って、眼前の少女と、このような場所で出会うとは思いもしなかったが。
「……また会えて本当に、本当に良かった――アイナ」
「私もとても嬉しいですよ、シオンさん」
そう言って、白銀の少女は少しだけ頬を赤らめて、にっこりと笑う。
その笑顔は、戦場に咲く一輪の花のようで。
疲労困憊、満身創痍のシオンも釣られて笑顔になる。
だが、それも長くは続かず、アイナは真剣な面持ちへと変化する。
「再会の喜びは、また後程に。今は目の前の敵に集中しましょう」
そうして、アイナは剣を構え臨戦態勢に移る。
だが、シオンは既に体力を使い果たしており、立つことすら厳しかった。
その様子を見てアイナは、背を向けたまま声をかける。
「……その様子では厳しそうですね。少しの間、私が時間を稼ぎますので、あなたは体力を回復してください」
「すまない、アイナ。そうしてくれると助かる」
そうして、白銀の騎士と影なる狼が相対することになった。
アイナと狼は、暫くの間、互いの出方を探っていた。
そして、狼が動き出す。
出方は突進。しかし、その速度は尋常ではない。
瞬きの間に、騎士と狼の距離はゼロになる。
「――はっ! 解放――デュランダル! 」
狼の突進を、大剣で受け止めたアイナは、その聖剣の名を口にする。
それにより、聖剣の力が解放される。
その剣の名は、デュランダル。不滅の祝福を与えられた絶世の剣。
それは、透き通る程薄い剣身が水晶のように輝き、見る人を魅了する両手剣。
狼の牙と騎士の聖剣がぶつかり合う。
解放された聖剣は、使用者の身体能力を大幅に向上させる。
それにより、狼と騎士とでは、膂力が完全に拮抗していた。
「強い!それでも――絶対に負けません! 」
白騎士は聖剣の加護を、その白銀の鎧へと流し込んでいく。
流し込まれたそれは、白銀と共振してその効果を増幅させる。
故に均衡は崩され、その巨体が大きく宙を舞う。
だが、それでも騎士は止まらない。
大剣を正眼に構え、その大きな影へと向かうために地面を蹴り飛ばした。
しかし、突き出した聖剣は空を切り裂く。
必中のはずの一撃は、眼前の敵には必中足り得なかったのだ。
「……空中で跳躍して回避しましたか。まさにデタラメですね…………」
白騎士と影狼は、互いに距離を取り一度仕切り直す。
そこに、戦線を離脱していた黒の剣士が合流する。
「……待たせた、アイナ。おかげで少し楽になったよ」
「それなら良かったです。ですが、まだ万全ではないでしょう。無理はしないでくださいね」
「ああ、勿論だ。……それと見ていて気付いたことがある」
シオンはアイナの計らいによって休んでいたが、ただ休憩していたわけではなかった。
何か突破口は無いか、何処か弱点は無いのか。戦闘の外にいるからこそ見えるものがあるかもしれない、と観察していたのだ。
そして、気付いたのは、あの狼の動きに最初のようなキレがない事である。
戦闘中は気迫が強すぎて気が付かなかったが、狼の覇気が強まるほどにその動きが鈍くなっているのだ。
シオンはそのことをアイナへと伝え、共に作戦を考える。
「…………つまり、アイツは見た目以上に弱っているんだと思う。だから、今こそチャンスだ。二人で大きめの一撃を当てれば、アイツを倒せるはずだ」
「なるほど、では私が正面を請け負います。シオンさんはその隙に側面から攻撃してください」
「わかった。バッチリと決めてやる! 」
作戦はこのように決まり、互いに行動を開始する。
白騎士は、怒り狂う獣を正面に捉えて走り出し、黒い影が側面を回るように飛び出した。
そして、獣は視界に映る敵を排除せんと襲い掛かる。
聖剣と爪牙がぶつかり合う。
――カキン、カン
その音はまるで剣戟のように、幾度となく鳴り響く。
「やはり――重い。私一人では、こうやって抑えるのが限界ですね。でも、私は一人じゃない! 」
狼の視界の外には、もう一人の男。
詠唱は既に完成して、切っ先は獣へと向けられる。
「その通りだ。俺達なら何処までだって進んで行ける。だから、こんなところで足止めされるわけにはいかないんだ! いくぞ――――――〝魔女の雷撃″」
剣身から放たれる紫電。
その神秘的なまでの雷の奔流が、狼を貫いていく。
切り裂かれた空気が、衝撃波のように周囲に広がる。
魔術の域では最大級の一撃。
それを二度も受けてなお、その獣は立ち上がり、シオンのことを睨みつけている。
その形相は烈火のごとく。まさに怒りは最高潮といった具合である。
だが、シオンはその視線に怯みはしなかった。
「その眼はもう慣れた。それに最高の仲間がいるんだ、何も怯える必要はない! 行け――――アイナ」
「はい! 任せてください! 」
そうして、シオンは相棒にバトンを渡す。
それを受け取った少女は、既に攻撃の準備を終えていた。
獣は視界の端でそれを捉え、回避しようとするが、もうそんな時間は残されていない。
「聖剣最大解放! 敵を穿て――――デュランダル! 」
それは、眩い程の聖剣の煌めき。
視界を埋め尽くす圧倒的な熱量。
聖剣から放たれた極光の奔流。
それが、今まさに眼前に立ち塞がる獣の身体を貫いていく。
これこそ聖剣の担い手であるアイナが、持てる最大の一撃。
自身に移した加護を聖剣に戻し、聖剣が持てる全ての力をエネルギーとして撃ち出す奥義だ。
正しく絶世の聖剣と謳われるほどの一撃である。
そして、それをほぼゼロ距離で放たれた狼は、身体に大きな風穴を開け、ぐったりとその場に倒れ込んだ。
「…………やったのか? 」
シオンはそう呟いてから、自分がフラグを立てたことに気づいたが、それが顕在化することはなかった。
狼が完全に影となり地面に溶けていったのである。
「……敵、消滅しました。これは私達の勝利、なのでしょうか? 」
「ああ、何か起きる気配はなさそうだな。取り敢えずは――――俺達の勝ちみたいだ」
――パチン
生き残った二人は歩み寄り、その喜びのままお互いの掌を打ち合わせたのだった。