星を墜とす(6)
「俺に一つ作戦がある。一か八かの作戦だが、やってみる価値はあると思う」
とてもシンプルで簡単な作戦。
しかし、失敗すれば少なくともシオンの損失は計り知れない。
「何をするつもりですか? 」
アイナは知っている。
シオンの一か八かは本当に出たとこ勝負で、まさに危険な賭けなことを。
だからこそ、彼のその言葉には細心の注意を払う必要がある。
「そりゃあ俺に出来る物理的攻撃なんて、これしかないだろう? 」
シオンの目線の先にあるのは、此処まで旅を共にしてきたもう一つの相棒。
その様子からアイナは察する。
と言うよりも、シオンの考えがわかってしまう。
「全く貴方という人は……本当に覚悟してますか? 最悪、それを失うことになるんですよ? 」
「わかってるって! 心配してくれてありがとう。でも、上手くいく方法を思い付いたんだから仕方がない! 」
なんて暴論なのだろう。
わかっていたつもりなのに、やはりアイナは呆れてしまう。
結局、面白いことを思い付いたから試したいだけなのだ。
何処までも子供のようで、如何にも彼らしい。
「――そうですか。それなら私から言うことはありません。あの魔導士は貴方に任せます」
「ああ、任せろ! アイナにはその後のことを任せた」
お互いに役割を確認し合うシオンとアイナ。
そこにあるのはやはり、長年旅を続けてきたからこそのコミュニケーションで。
ならばこそ、つい先日出会ったばかりのリンには、二人の会話を理解することは出来なかった。
「シオンさんが何をしようとしているのかはわかりませんが、私に手伝えることがあれば言ってください! 」
「ありがとうリン。そうだな……じゃあ、カトレアさんが魔法で攻撃するタイミングを教えて欲しい」
シオンの提案をリンが快諾する。
自分に出来ることがあるだけで、今のリンには喜ばしい。
これで条件は全て揃った。
あとは敵を討ち果たすのみ。
「待ってろ魔導士エレア! 今度はこっちの番だ! 」
シオンは彼方に向けて、そう宣言したのだった。
「さて、そろそろ気づいたかな? それじゃあ、私もそれに合わせるとしよう」
カトレアは飛来する魔術の大胆な変化に気付いていた。
先程まで飛来していたシオンの魔術、それは魔力を矢の形に整えただけの代物だった。
それが今は火、水、土、風、無、の五属性それぞれの魔力で固められた剣になっている。
こればかりはシオンの魔術の幅に驚くしかあるまい。
「それにしても――『剣』ね。てっきり手持ちのナイフでも使うかと思ったのだけど、面白いことを企むじゃない」
そう悪戯で蠱惑的な笑顔を浮かべるカトレア。
彼女としても、その滑稽さは嫌いじゃない。
「ふんふん……どうやって彼らに花を持たせるかなー」
この局面に至って、彼女の頭の中はそのことで一杯なのであった。
「〝五つの剣"」
シオンは上空に五属性それぞれの剣を生成し続ける。
その速度は十五秒に一回。
体内の魔力全てを使い潰す勢いである。
今、シオンがやっているのは敵の位置の特定。
少しずつ飛ばす位置を変更することで、正確な位置を把握しようとしている。
チャンスは一度きり。
そのため、持ちうる情報は正確であればあるほど望ましい。
それにこの掃射は最後の一撃のための布石だったりもする。
「カトレアさんの魔法です! ……でも、先程までの魔法と違うようです」
カトレアが繰り出す魔法は、花弁の刃でも、樹木の成長でもない。
それは紛れもない木剣だった。中空に現れるは木剣三十本以上。
どうやらシオンの魔術を真似ているらしいが、生成速度は段違い。
魔法の幅、量ともに、驚愕と言わざるを得ない。
「こればかりは素直に感謝だな。お陰でカモフラージュにはバッチリだ」
シオンの魔力も丁度良い感じに底をつきかけている。
ならば、ここで仕掛けよう。
「〝五つの剣"――複製、同時展開」
シオンの中空に出現する魔術。
五属性を纏う剣型の魔力。
それは五つ、また五つと数を増やしていく。
そして、その総数百二十五を数えたところで一斉に放射される。
だが、勿論それだけでは終わらない。
「相棒、お前ならやれるって信じてる。よし! 行ってこい! 」
シオンは己が剣を見つめてそう呟くと、右手を引き左脚を前へと突き出す。
そして、ありったけの魔力を剣に込める。
シオンの魔力が限界まで込められた剣は彼方へ向けられ。
――勢い良く投擲された。
遥か上空で魔導士エレアは困惑する。
彼女には自我が備わっていない。
それ故、何かを思考することもないのだが。
それでも、微かな感情くらいは備え付けられていた。
意味のない聖剣の光、いくら消しても止まない魔術、当てることを諦めた魔法。
その全てが不愉快だ。
生前の彼女であれば何かがおかしいと感じる状況なのに、今の彼女ではその違和感すら気付けない。
ただ困り眉を浮かべるだけ。
飛来する木剣。
ああ、また無意味に魔力が『消費』されていく。
飛来する黒剣。
それもまた、『消費』の理によって、ただ反射のように消されるだけ。
「――でも、それじゃあ防げないぜ」
その台詞はまるで忠告のように。
しかし、その言葉は意中の相手には届かない。
魔導士に迫る無数の黒剣。
それは見えない壁に当たって消滅する。
でも、その中には一つ『切り札』が混ざっていて。
その本命が魔導士へと飛来する。
シオンの魔術で生成された剣は、それこそ彼の黒剣を模していて。
見ただけでは、どれが本物かはわからない。
ましてやそれを、発射されてから到着するまでの刹那で見分けられるはずがない。
それなのに、魔導士エレアはシオンの黒剣を直感だけで回避した。
正確には、飛来物の魔力量、その多寡を己が直感だけで感じ取り、見事に回避したのだった。
「シオンさん! 投擲した剣、回避されましたよ! どうしましょう! 」
慌てふためくリンを他所に、シオンは極めて冷静。
「そんなのは想定済みだ。対策は既に施してある」
あくまで真剣なシオンにリンは落ち着きを取り戻す。
そして、改めて見上げた蒼天に信じられない光景を見た。
躱されたはずの黒剣は真逆の方向に転換し、背後から魔導士を貫く。
「よっしゃ! ヒット! 」
「魔導士エレア、墜落します! 」
確かな手ごたえを感じて、シオンはガッツポーズを取る。
そして、リンは彼の魔導士が撃ち落とされる瞬間を確認した。
ならば、あとはあの星を撃ち落とすだけ。
「アイナ! 今だ! 」
「はい! 準備は出来てます! 」
白銀の騎士、その手には聖剣の光を。
今こそ赤き星を墜とすとき。
「聖剣最大解放! 星を穿て――デュランダル! 」
蒼天を渡る極光。
輝ける祈りの奔流。
聖剣の一撃は、霧に潜む赤を貫いて破壊する。
この日この瞬間を以て、星墜としは完遂されたのだった。