星を墜とす(2)
「……よし、今回は当たりだな。星を墜とすのに十分な高さだ! 」
幾度目かのねじれの果て、シオン達は目的の場所に辿り着く。
十分な高さの場所に移動する、それが三人に与えられた一つ目の任務だった。
それは二つ目の任務を遂行するのに必要なのだ。
『――――君たちのやることは二つ。一つは出来るだけ高い場所に行くこと。霧の範囲は山の中腹辺りまで及んでいる。つまり、一つ目の任務は山登りだ。まあ、運が良ければ一瞬で辿り着くさ! 』
シオンは作戦会議での魔法使いの言葉を思い出す。
今思えば、最後の言葉はだいぶ余計な一言だったのではないだろうか。
一瞬で辿り着く、なんて夢のまた夢。
何十という転移の果て、かろうじて辿り着いた。
まさにフラグも良いところである。
「リン! 赤い星は見えるか? 」
「いいえ! まだ出てません! 」
それを聞いてシオンは安心したのか、ほっと息を吐く。
そして、深呼吸をして気持ちを入れ直す。
「それじゃあ、ゆっくり準備できるな。アイナは聖剣の準備を。リンはそのまま星を探してくれ。俺は二人の警護だな」
「了解です! 」
「わかりました! 」
返事と共に、白銀の騎士は聖剣を鞘から引き抜く。
そして、全身に溢れる聖剣の力を聖剣へと返還する。
すると、聖剣が徐々に光を帯びて。
「……綺麗」
それは思わず口に出てしまった、リンの言葉。
聖剣の光は見る者を魅了する暖かい光で、初めて見たリンが魅了されるのも無理はない。
でも、リンだって、いつまでも見惚れているわけにもいかないのだ。
いけない探さないと、とリンは聖剣から目を離す。
すると、上空にはそれが君臨している。
深く、赤い、魔の星が。
「シオンさん! アイナさん! 星が出てます! 場所は正面より少し右側、あっちです! 」
そう言ってリンは上空を指差す。
反応するはアイナ。
聖剣の切っ先をその方角に固定、彼女自体が聖剣の加護に包まれていく。
「出力値――限界突破。砲身――仮想到達地点に固定。行きます! 聖剣最大解放――デュランダル! 」
瞬間、空には極光の軌跡が走る。
数多の魔法、数多の神秘を超越する聖剣の輝きがそこにはあった。
それは多重に織りなす霧の壁を易々と突破すると、上空で何かに衝突し爆発を引き起こす。
『――――もう一つの任務は魔道具を破壊すること。ダリアの魔剣が再生体を喰らうほど、魔力の収支が狂って顔を出す。さながら息継ぎのため水面から顔を上げるように。つまり、二つ目の任務は星を墜とすことさ! 』
『記憶のオルゴール』は再生体の生と死、それを循環させることによって、魔力の収支を保っている。
ならば、ダリアが魔剣で再生体の死を喰らうことは、魔道具の魔力供給を断っているということだ。
そうすると、魔道具は魔力の収支を合わせるための行動を起こす必要がある。
それが本体の顕現による、再生体もしくは魔力の籠った霧自体の吸収だった。
しかし、それも本来ならば、霧に隠蔽され破壊されるどころか、気づかれることすらなかったはずなのだが。
それこそ、運が無かったというしかあるまい。
何せ、見えてしまうものが居たのだから。
それでも、魔道具に運が無かったなら、相手にも不幸が訪れるくらいが公平というものだろう。
「……まだ見えます。シオンさん、アイナさん! 赤い星がまだ見えます! 」
弛緩しかけた場に、リンの声が響き渡る。
「そんな! 聖剣は確実に命中しました! なのに、どうして!?」
「――きっと霧のせいだ。霧の壁でほんのわずかだけ威力が減衰したんだ」
シオンは冷静に状況を判断する。
霧自体に魔力が宿っていることはわかっていた。
それが聖剣の一撃をほんのわずか曇らせたのだ。
その僅かな差で魔道具の機能を止めるに至らなかった。
「ならば、もう一度攻撃します! ――そんな!?」
アイナは驚愕の声を上げる。
その目線の先には、辺りの霧を積乱雲の如く凝縮し、その中で妖しく光る赤い星があった。
「――どうやら失敗したらしい。魔道具が防衛形態に入ったわね」
状況をありのまま口にするダリア。
だが、その心はまだ失意に満ちていない。
むしろ、状況は好転していると彼女は考える。
「でも、姿を見せたのはそちらの失敗よ。これなら、私でも破壊できる」
そう、今までダリアが燻っていたのは、魔道具を見つけられなかったから。
その姿を見せたのなら、やりようは幾らでもあるものだ。
ダリアが魔剣を構える。
大きく息を吸い込み、魔剣を――
「ダリア! 目の前に凄いのがいるわ、気を付けて! 」
なるほど、どうやら簡単には終わらせてくれないようだ。
そこには一人の戦士が居る。
ファイストの民ならば誰もが知る御伽の存在。
街を厄災から守りし二人の英雄の片割れ。
「英雄レオニダス、その再生体ってところかしら」
紛うことなき英雄の復活である。