タイミングはバッチリだ!
――――――デュランダル! 解放!
閃光は駆け抜ける。
純白で、高潔で、無垢。
霧中であっても輝きを失わない光の奔流が、ただその人を守ろうとする一心で真価を発揮する。
正に聖剣の一撃。
その輝きに勝るものは、今この場には存在しない。
純白の一撃は、その赤へと迫る。
しかし、その赤は驚愕の表情を浮かべながらも、後方への回避を済ませていた。
だからこそ、結果は両者を分断、仕切り直すだけ。
それでも、シオンにとっては最高の結果である。何て言ったって命を救う一撃なのだから。
「遅くなりました! これより戦闘に参加します! 」
「いいや! ナイスタイミングだ! マジで助かった! 」
思い返すとアイナには大事な場面でいつも助けられている。
神殿の時だって、今だってそうだ。
その事実に決まりの悪さを覚えるも、シオンとしては感謝の気持ちの方が大きかった。
アイナがシオンより前に出る。
元よりアイナが前衛を務めシオンが後衛に回ることが多かったが、これはそう決めた訳ではなく自然とそのようになったことだ。
アイナは聖剣の使い手ではあるものの、出来ることは魔術を使えるシオンの方が多いため、援護に向いている。そういう意味では、この形に落ち着いたのも当然と言えるだろうか。
そして、今回もそのようになる。
「私が前に出ます。シオンさんは援護を」
アイナの立ち振る舞いはいつも通り。
しかし、その声色はいつもと少し違っていて。
「なんか怒ってる? 」
「当たり前です。あれが誰かは知りませんが、シオンさんを殺そうとしたのです。許せるわけがありません! 」
あれ呼ばわりするところを見るに、アイナは相当怒っているようだ。
それもその筈、アイナの行動原理は、シオンを守りその道行を補助すること。それは今も昔も変わらず、アイナというシステムを動かし続けている。
だからこそ、アイナにとっては目の前の相手も許せなければ、ここまで助けられなかった自分も許せないのだ。
「全く、次から次へと鬱陶しい! おまけに聖剣使いときた。だが、それでも私の方が強い! 」
赤のドレスがひらりと舞う。
縮地による突き。
一度見ているとはいえ、シオンには目で追うことすら難しい。
しかし、それは聖剣によって防がれる。
アイナの聖剣デュランダルは、両手剣程の大きさにも拘らず、剣身が驚く程に薄い。
紙よりも薄く、さながら剣身が透けて見えそうな程である。
そんな斬り付けるだけで壊れそうな剣を、アイナは盾のように使用し攻撃を受け止めた。
しかし、聖剣は壊れない。
それこそ、デュランダルが聖剣たる所以なのだから。
「――絶対に負けません! 貴方には! 」
アイナは盾のように扱った聖剣を押し出し、両手で振り下ろす。
女は受け止めきれないと判断したのか、身を翻して回避する。
相手は両手剣。取り回しの速さは此方に分があるため、カウンターを入れるだけで決着がつく。
しかし、その判断は間違えだ。
確かにアイナは両手剣だが、その性質上、デュランダルは片手剣より軽い。
つまり、取り回しはアイナの方が上なのである。
「――くっ! 速い! 」
「このくらいはできます」
カウンターを入れる隙など無い、と言わんばかりに二撃目を放つ。
流石の女も攻撃の姿勢から回避には至らず、剣による防御が精々だった。
だが、アイナの膂力は聖剣の加護で跳ね上がっており、ましてや怒りでいつもより力が籠っている。 当然、女の膂力で受け止めきれるものではない。
結果、女は後方に吹き飛ばされた。
「〝雷撃"」
そして、着地のタイミングを見計らって、シオンが魔術を行使。
それはシオンが放った小規模の雷。その数にして五つ。
正に女を焼き尽くさんと飛来する。
しかし、それもこの女の前では意味を為さなかった。
雷撃五つは空中で即座に切り捨てられ霧散。
真っ赤なドレスに汚れ一つ付けることなく華麗に着地する。
「これでもダメか……アイナ! 」
「はい! 畳みかけます! 」
アイナが大剣で斬りかかる。
合計にして十四回。
そして、シオンの魔術による攻撃。
その全てが必殺の一撃であったのだが、流れるような剣捌きによって全て受け流されてしまう。
アイナの膂力も、シオンの魔術も、彼女の剣の上では無意味だと言わんばかりに逸らされる。
実際、戦闘が始まってから、彼女には一度も剣を当てていない。
そして、恐るべきことに二人掛かりでようやく互角。
それほどまでに、目の前の相手との実力は、かけ離れていた。
「ここまでやっても押し切れないのか! 」
焦るシオンが嘆く。
しかし、それとは対照的に、アイナは冷静だった。
「こちらは二人、あちらは一人、このまま押し続ければ、何れ彼女の体力が先に尽きるはず。そうなれば私たちの勝ちです」
そう。二人であれば交代で体力を温存できるが、一人ではそれが出来ない。
シオン達の勝機はそこにある、とアイナは判断する。
怒気の中においても、その判断力は流石と言わざるを得ない。
しかし、それも互角の状態がこのまま続けばの話。
「確かにこのままじゃ私が負けるわ。それは認めましょう。だから、本気を出してあげる! 」
本気を出す、今目の前でそう言ったのか。
シオンはとても信じられなかった。これでもまだ、本気では無かったことが。
女は後退して距離を取る。
そして、高らかな宣言が霧中へと響き渡る。
――魔剣解放!
女の手にある魔剣が妖しい光を放つ。紅く朱く。
これより始まるのは彼女がこの戦闘中一度も見せなかった魔剣の力。
つまり、ここからが彼女の本気ということ。
それならば、一か八か解放される前に仕掛けるしかないのか。
「全てを呑み込め! エーデルロッ――」
「――――はーい! そこまで! 」
魔剣の真名が全て明かされる前に遮られる。
しかも、気が付けば全身が草花のツタで雁字搦めになっていた。
そして、それはこの場に居る全員が同じだった。新しくこの場に現れた一人を除いて。
「みんな大好きカトレアお姉さんだよ! 我ながら登場のタイミングはバッチリだ! 」