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Sirius~黒鉄と白銀の旅人~  作者: めらんこりぃ
第二章 螺旋の再生
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VS最強の剣士


 霧の中を黒衣の男が駆け抜ける。

 この忌々しき霧の仕組みも大まかに理解した。

 これは所謂ランダム転移。霧の中なら何処へでも行けるが、何処に出るかはわからない。

 問題は霧の範囲が広すぎること。

 シオンが街から見た時には既に、山一帯が白いベールに覆われていた。

 これではいつリンと合流できるかわからない。

 何があっても味方だ、なんて言っておいて傍に居られないなら意味がない。


「クソ――邪魔だ! 」


 切り裂く。撃ち抜く。焼き尽くす。

 あらゆる手段を用いて立ち塞がるものを破壊する。

 魔力が少ないが出し惜しみは無し。間に合わなければ意味がない。

 足を止めるな。辿り着くまで走り続けろ。ランダム転移なら試行回数を増やせ。


「どうか生きていてくれ……リン」


 冴えていく頭とは対称的な早鐘の鼓動が、鬱陶しい程に。

 焦燥にも似た悔しさが胸を締め付ける。

 今はひたすら走り続けるしかない。

 半径五メートルの視界に少女が現れるその時まで。


 走る。転移。

 駆ける。転移。

 十歩飛ぶたびに転移する。


 そして、幾度目の光景の切り替わり。

 シオンは何度経験してもこの感覚には慣れそうもなかった。

 仰々しい演出こそないものの、次第に霧に包まれ、それが開けた時には別の場所というのが受け入れがたい。


 今回もそれと同じ。

 視界が白く染まり、次第に霧が薄れていく。

 そうして開いた視野には、その光景が滑り込む。 

 何処に至っても一様な森の風景は、最早シオンの目に映らない。シオンの視界は、その一瞬へと集約される。


 ひとつは呆然と座り込む少女。見慣れたローブ風の装いに、肩まで掛かる茶色の髪。

 もうひとつは少女に剣を向けている女。真っ赤なドレスに身を包み、綺麗な金髪を腰まで下げている。まさに優雅で佳麗という言葉が似合う女性。

 でも、今はそんなことを気にしている場合じゃなくて。


「――――リン! 」


 さも当然のように流れる素朴な剣は、少女のローブを貫かんと突き出される。

 少女は呆けているのか見惚れているのか、避ける気配が全くない。

 このままでは、確実に少女の命は儚く散るだろう。


 でも、それはシオンが間に合わなければの話。

 既にシオンはトップスピード。おまけに剣も抜いている。

 ならば、間に合わない道理はない。


「させるかああぁ! 」


 その黒剣は二人の間に差し込まれ、質素な剣を見事にインターセプト。

 これには女も驚愕の表情を浮かべ、ひらりとドレスを翻しながら距離を取る。

 そして、女の瞳が、その黒衣を捉えた。それはつまり、敵として認識したということか。


 何はともあれ、これでお互い臨戦態勢。

 両者とも剣を向け合う。


 だが、その前にこれだけはハッキリさせておかなければ。


「何故、殺そうとする? 話し合うことはできないのか? 」


 問いかけるは黒衣の男、シオンである。

 そして、応答するは深紅のドレスの女。


「できないわね。貴方たちが誰かは知らないけれど、この場所に居るということはそういうことだろうし。此処で殺しそびれて、街へ逃げ込まれたら大変なのは、この前ので身に染みたから」


 どうやら本気で逃してはくれないみたいだ。

 でも、お互いのスタンスはハッキリした。

 此方は生きて帰りたい。向こうは此方を殺したい。

 これではどうあっても平行線。やはり、剣を向け合うしかないわけだ。


「覚悟はできた? そうじゃないと意味がない」

「ああ、わかったよ。やろう」


 お互い剣は構えたまま。


 シオンには理解できる。

 彼女が構えている剣はただの剣じゃない。おおよそ魔剣に類する代物だ。

 しかも、お嬢様な見た目で最初は気付かなかったが、随分と隙が無い。

 神殿で会った黒いドレスのお嬢様と言い、この世界のお嬢様は余程強くなくてはいけないのだろうか。


 お互いが睨み合いを続ける中、先に動き出したのはシオンではなく。

 女は倒れ込むように距離を詰める。

 これは縮地。それを利用した神速の突き。

 シオンは身を半身翻して回避、勢いそのまま剣を薙ぐ。


 しかし、半端な姿勢からの攻撃は、女には通用しない。

 引き戻された剣の腹で綺麗に流される。


「くだらない攻撃はやめて。私は殺す気で剣を振ってるの、貴方も殺す気で来なさい! 」

「そうさせてもらう! 」


 次はシオンから仕掛ける。

 頭部への振り下ろし、頸部への薙ぎ払い、そして胸部への切り上げ。

 とにかく連続で斬りかかる。


 だが、その全てが流れるように弾かれる。

 まるで最初から決められた剣舞のように。

 美しくも冷徹な剣の軌跡が、そこにはあった。


「やっぱりこの世界のお嬢様は人間離れしていないとやってられないのか! 」

「……貴方は何を言っているの? 」


 剣の技量が今まで出会った誰よりも際立っている。

 膂力は確実にシオンの方が上、主導権は仕掛けた此方。

 それなのに、技量だけで全てを対応された。


 とにかく仕掛け続けなければ拙い、ということだけシオンは感じ取っていた。

 この相手に防衛に回るのは悪手すぎる。


 続く剣戟。

 攻め手は変わらずシオン。

 剣を振り下ろし、薙ぎ払い、そして、雷撃を打つ。

 所々で隙をついて入れてくるカウンターを反射神経でいなしながら、剣戟が破綻しない程度に魔術を混ぜていく。


「貴方は魔術使いだったのね。剣士の格好に騙されたわ」

「それはこっちのセリフだ! 」


 打ち出した雷撃は、ドレスを翻しながら手にした剣によって両断される。

 そんなお嬢様が居てたまるものか。

 内心悪態をつきながら正面を見据えると、すぐそこまでドレスと剣が迫っている。


「――しまった! 」

「次はこっちの番」


 その素朴な剣は芸術的な軌跡を描いて。

 三撃、四撃と流れるように攻撃を繋げていく。


 シオンは全神経を剣戟に集中させ、一つひとつ丁寧に対処。

 それでも、この洗練された連撃は捌き切れるものではない。

 掠る程度の攻撃は無視。

 致命傷だけ防げれば良い。


「……良く粘る。我慢強いのは良いけれど、それだけでは辛いだけよ」

「言われなくてもわかってるよ」


 このままでは勝ち目がないことぐらい、シオンにだって理解できる。

 一秒毎に状況が悪化している。ならば、早めに何かを仕掛けたいところ。

 だからと言って、何かを仕掛ける隙が無さすぎるのだ。


「何かを狙っているようだけれど、もう終わらせるから」


 どうやら時間稼ぎすらも許してくれないらしい。


 今一度、剣戟が結ばれる。

 攻め手は彼女。

 流線形の軌跡がシオンを襲う。


 威力はそのまま、速さは倍増し。

 そして、狙いは冷徹なほどに正確。


 なれば、シオンに処理できる限界を超えている。

 剣戟は数秒の後、破綻。

 シオンの黒剣は真上に弾かれるが、最後の意地で手放すことはしない。

 それでも目の前の相手には十分、致命的だった。


「ごめんなさい。――――貴方のことを殺します」


 その剣に似て、美しくも冷徹な宣言。

 シオンは、どうしようもない死を覚悟するしかなかった。






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