白のカーテン
早朝、生れたばかりの太陽に照らされた英雄像を目前に、四つの人影が集結する。
「みんな集まったわね! それじゃあ行くわよ。領主の安否を確認、もといリンの母親の捜索。さあ、霧がかかる噂の森へ! 」
まだパン屋も起き始めたばかりという時間に、無駄にテンションが高い魔法使いが一人。
寝起きのシオンにとっては、とてもじゃないがついていけない。
だが、これこそが彼女の魅力なのかもしれない、と昨日を通して感じていた。
「ちょっと待ってカトレアさん、これを差し上げます」
「何これ? 」
カトレアに手渡されたそれは、手のひらに収まるくらいの方位磁針だった。
無論ただの方位磁針ではない。
これはシオンが夜遅くまで起きて作った魔道具。
その名も『双子のミチシルベ』である。
「これは霧で離ればなれになった時用の魔道具です。この針は常に魔道具に記録された魔石の方角を指し示します。だから、逸れてしまった時はその魔道具を頼りに合流しましょう」
「なるほど、とても良い魔道具ね。それで肝心の魔石は誰が持つの? 貴方? 」
「いいえ。これはリンに持ってもらいます」
カトレアの問いに答えるシオン。
魔石をリンに持ってもらうのは、この中で一番自衛能力が無いからである。
この魔道具において一番安全なのは、魔石を持つものだ。
なぜなら、方位磁針を持つものと違って、魔石を持つものは三人全員から探してもらうことができるのだ。
宣言通り、魔石のペンダントがリンへ手渡される。
少々戸惑いながらリンはそれを身に着けた。
「うん! とても似合ってるじゃない! 」
「そ、そうですか? ……ありがとうございます」
リンは褒められ慣れていないのか、語尾に向けて言葉がどんどん小さくなる。
その様子が気に入ったのか、なんて可愛いのかしら、とカトレアはリンに抱き着いていた。
そんなこんなで準備は整った。
四人は北門に向かって歩き始めたのだった。
そして、場所は北の森の入り口。
北門の門番は、凶暴な魔法使いがゴリ押し。
彼らも朝方で疲れていたのか、それとも彼女のテンションについていけなかったのか。
たぶんその両方なのだろう。お陰で想定していたよりも簡単に門を通ることが出来た。
「これは凄いわね。この中でみんなお互いのこと確認できるのかしら? 」
「そうですね。いざ目の当たりすると凄まじい霧です……。皆さん逸れないよう注意しましょう! 」
四人は霧がかかる森の入り口に辿り着く。
そこにあったのは深い白。
もはや霧と呼べるのかすらわからないほど。
大森林という絵画に真っ白な絵の具を塗り重ねたような、視界に映るのはそんな光景だった。
「さあ、捜索を開始するわよ。ついでにアイツも見つけて文句でも言ってやろうかしら! 」
この霧を前にいつも通りのカトレア。
そんな魔法使いとは対称的に、俯き出すリン。
「大丈夫か? 」
シオンは声をかける。
その言葉に反応して顔を上げるリン。
何やら怯えた表情をしている。
「……はい。私は大丈夫です」
明らかな作り笑い。
それは無理やり自分を鼓舞するようで。
次第にその表情は変わっていく。
「私が弱ってたらダメですよね。今覚悟を決めました。行きましょう! 」
今の彼女を怯えさせるもの、それは。
この霧の森へ入ることか、それとも別の何かなのか。
シオンにはその正体がわからなかったが、それでも言えることはある。
「俺たちは何があってもリンの味方だから。いつでも頼ってくれ」
「はい! ありがとうございます」
もう十分頼りにしていますよ。
そう誰にも聞こえないようにリンは呟く。
これは単なる独り言。胸中に仕舞いきれなくて静かに流れ出しただけのものだ。
でも、今はそれで満足だった。
先頭を歩く魔法使いからの催促が聞こえる。
「おーい! 早くしないと逸れるわよー! 」
「はい! 今行きます! 」
リンは全力でそれに答えると、カトレアの後をついていく。
そして、四人は霧の中へ足を踏み入れる。
目の前が真っ白になるほどの霧のカーテンは、それだけで前後が不覚となる。
それに加えて、一歩踏み出すたびに感じる違和感は、踏み入れた者の感覚を鈍らせて余りある。
「皆、近くに居るか! 居たら返事をしてくれ! 」
その言葉に答えは無く、ただ深い霧の中に消えていく。
前も後ろも存在しない霧。
その中を蠢く魔獣。
もはや此処は、この世で最も新しい人外魔境。
そのような状況の中、四人は見事に分断されてしまったのだった。