街外れのお屋敷
花の魔法使いに連れられて。
三人はファイストの西端まで移動する。
「何かとんでもないところに連れてこられた気がする」
シオンはそう呟く。
と言うのも、周りには何やら高貴そうな屋敷が並び立っているのだ。
こんなに堂々と道の真ん中を歩いているのも不安になってくる。
だというのに、カトレアはどんどんと先へ進んで行く。
「別に大したところじゃないから、そんなに心配しないで。こんなのほとんど何処かの貴族の別荘で、意味なんて全然ないんだから」
そんなカトレアの言葉。
シオンには何が大したところじゃないのかが全く理解できなかった。
かと言ってここまで来て帰ります、というわけにもいかないので素直についていく。
そうして、全員が沈黙のまま歩き続けて暫く。
どうやら目的地に着いたらしい。
「うん、此処ね。街も随分変わってたからちゃんと着くか不安だったけど、此処は昔と変わらないわね」
目前に現れたのは、この一帯で一番大きなお屋敷。
その屋敷と共にある緑の庭園。そして、それらを囲う芸術品のような鉄柵。
それを目の当たりにして、この魔法使いはもの懐かしさに浸っていた。
しかし、シオン達は置いてけぼりだ。
そろそろ満足して、十分な説明が欲しいところである。
「あのー……カトレアさん? 」
「ああごめんね。ここはこの街の領主の館、エーデルロット家のお屋敷よ! 」
なんということだろう。
自由な魔法使いに連れられてみれば、気が付くと領主の館に辿り着いていた。
まあ辺りに立派なお屋敷が立ち並び始めた時点で、皆が薄々感づいていたが。
そもそも話。
シオン達をこの場所に連れ出したということは、この場所で例の問題を解決するつもりということである。
ということは、その方法も思い浮かべることが容易で。
「私、ここの家主とお友達だから。変に色々するより直談判した方が効率的でしょ? 」
ということだった。
確かに効率的である。
勿論、そんな手段を取ることができるなら、という条件付きではあるが。
「確かに効率的ではありますが、突然の訪問では取り合ってもらえないのではないでしょうか? 」
「あの子にそういう面倒くさいの要らないわよ。それじゃあ行きましょ! 」
アイナの心配を他所に、カトレアは呼び鈴に手をかける。
そして、暫くすると屋敷の扉が開いた。
中から出てきたのは老年の執事。
「これはカトレア様、よくぞお越しくださいました」
「久しぶりね、爺や。また会えるとは思ってなかったわ! 」
二人はお互いに挨拶をする。
カトレアの言葉には、私はまだまだ現役ですぞ、などと返答していた。
そして、シオン達を何とも雑に紹介していく。
「こっちは私の連れね。左からシオン、リン、アイナ」
「これはこれは初めまして。私は当屋敷の執事をしております、ハンスと申します」
このようにして挨拶は終わり。
屋敷の中へ案内される。
シオンとアイナはやや慎重気味に。
リンは緊張からか動きがぎこちなく。
カトレアは我が家のような堂々さで。
屋敷の中を歩く様は、まさにそれぞれの個性が際立っていた。
そして、客間。
執事に案内された四人は客間中央の長椅子に腰掛ける。
その横で執事は華麗に紅茶を用意していた。
「それで、ダリアは居るかしら? 」
そう問いかけるカトレア。
新しく登場した名前、それが目的の人物のものであることは三人にも理解できた。
一方、問いかけられた執事は、何やら険しい表情を取っていた。
「申し訳ありません。お嬢様は今、外出中にございます。もし、お嬢様に用事がございましたら、日を改めることをお勧めいたします」
「あら、それはどういうことかしら? 今日はもう帰って来ないの? 」
領主は留守だった。
やはり領主はあの森に向かったのだろうか。
「実は、ここ数日屋敷には戻られておりません。ですので、いつお戻りになられるかはわからないのです」
ということだった。
なるほど険しい顔をするわけである。
こうなるともはや直談判すらできない。
また新しい作戦を考え直し。
振り出しに戻ったとも言う。
「私共にもお嬢様が今何処に居るのか把握できておりません。せめていつ頃お帰りになるか、それだけでもわかればよろしいのですが」
ハンスの独り言。
領主に仕える者としても己が主の所在がわからないのは心配なのだろう。
一瞬場を支配する静寂。
その場の空気が落ち込み始める。
一人、悪魔的笑みを浮かべている魔法使いを除いて。
「やっぱりダリアが今何処で何をしているのかわからないのは心配よね。そういうことなら仕方ないわ。私達があの子を探してきてあげる! 」
なんという悪巧み。なんというゴリ押し。
領主の捜索を建前として、森へ押し入るつもりである。
これにはシオン達も愕然とする。
そして、その魔法使いは紅茶を一気に飲み干す。
「そうと決まれば善は急げよね! ほら、みんな早く行くわよ」
紅茶美味しかったわ、というセリフを残し部屋を出る。
そうして有無を言わせず、魔法使い一行は領主邸を後にする。
そして、帰り道の途中。
「あ、そういえば私、今日ダリアのところに泊まる予定だったんだ。誰か私のこと泊めてくれたりしない? 」
忘れてたわ、なんてカトレア。
どこまでも自由な魔法使いなのであった。