花の魔法使い
シオンとアイナは、リンの母親探しを手伝うことを決めた。
この三人が一緒にいるならば、魔物蔓延る北の森でも行動できるだろう。
深い霧でお互いを見失う心配もあるが、それもシオンの魔術があれば何とかなる。
だから、問題は別にある。
「思ったよりしっかり封鎖されてるよな、あの森。どうやって森に入ろうか? 」
それこそ根本の問題。
シオンがどれだけ魔物を追い払えようと、または魔術で霧の対策が出来ようと、そもそも森に入れないなら意味はない。
勿論北門の兵士を押しのけて強行突破するという選択肢もあるのだが、できれば使いたくない。
流石のシオンでも、作戦は成功しても森から帰ると即逮捕、なんて結末は避けたい。
「やはり森の封鎖と霧は何らかの関係があるように思います。ですので封鎖の解除を待つことはお勧めしません」
「やっぱそうだよなあ……森に立ち入れるようになっても霧が消えているんじゃ意味ないし」
憶測ではあるが、霧がかかっていることと領主が森を封鎖していることは無関係ではないとアイナは考えている。
それはシオンも同じだった。
この二つが偶然重なったということは考えにくい。
そうなると北の森封鎖が解かれることは霧の消失と同義と言っても良い。
あの噂話を信じるならば、霧が出なければ死者は出ない。
つまり、どうあっても封鎖されている状態の森に立ち入る必要があるということだ。
「やっぱり、バレないようにこっそり入るしかないか……」
「それなら隠者のマントで見られないように……そうでした、リンさんの分がありません……」
隠者のマントは使用者の姿を隠すことができる魔道具だが、一枚につき一人分の効果しかない。
今はシオンとアイナのそれぞれ一枚ずつしか手持ちがないため、リンは使えない。
因みに、隠者のマントの効果は個人差があり、観測者によっては丸見えであることもあり得る。
特に魔術、魔法の素養がある人は姿を見破りやすい。
「それじゃあ警備兵を蹴散らして入りましょう! お二人の力があれば余裕なはずです! 」
リンの提案はシンプルだが、最終手段が過ぎるので却下した。
「昨日から思ってたけどリンって結構イノシシなんだな」
「年頃の女の子をつかまえてイノシシとはどういうことですか! 」
傷つきました、という風で抗議するリン。
だが思い返してみると、出会いの時点ですでにリンは猪突猛進だったのではないだろうか。
そう思い至ったシオンの納得顔が目に入り、さらにリンは抗議の声を上げたのだった。
そして、リンも落ち着いたところで、本題に戻る。
「まだ、森への侵入方法の問題が解決されていません。このままでは本当に強行突破になってしまいます」
強行突破以外の手段が思い浮かばない。
実際のところ今のシオン達には手札不足である。
つい先程結成されたばかりの会議は既に行き詰まりを迎えていた。
場を支配する沈黙。
アイナは口に手を当て考え込み、シオンは空を仰いで何かないか頭の中を探している。
そして、リンは下を向いてしまっている。
そんな嫌な空気が流れ始めた。
そこに明朗快活な声が現れる。
「話は聞かせてもらったわ! 私に任せなさい! 」
皆が顔を挙げると、そこに居たのは紫色のローブに花の髪飾り、如何にも魔女といった風の女性だった。
「私の名前はカトレア。見ての通り魔法使いよ! 仲良くしてね」
暫くして。
三人にカトレアを加えた四人は、大通りにある市場へ足を運んでいた。
と言うのもこの魔法使いが、私に考えがあるからついて来なさい、と三人を連れてやってきたのだ。
「それで何処に向かっているんです? 」
「まあまあ、そう焦らないの。あ、私あの串焼き食べたい! シオンくん買ってきてー」
このように、新たに加わった魔法使いはとても自由だった。
シオンは少し面倒くさそうな表情をするも、大人しくそれを買いに行く。
そして、女子三人が残って留守番。
「そういえば貴方――あの塔から森が見えるなんてとても目が良いのね」
そう言いながらカトレアは、リンの瞳を凝視する。
瞬間、リンの背筋が凍る。
先程までの朗らかな雰囲気とは明らかに違う。
何か途方もないものに見つかってしまった、リンは確かにそう感じた。
だが、それはすぐに終わる。
リンが怯えているのにカトレアが気づいたから。
「怖がらせてゴメンね! そんなつもりはなかったんだ、許してほしい」
「あ、いえ、大丈夫です」
数秒の間の出来事でアイナは何があったのか掴みかねている。
しかし、リンにとっては濃密な時間だった。冷や汗をかくほどに。
「そういえばなのですが、カトレアさんは何処からお話を聞いていらしたのですか? 」
当然と言えば当然の疑問。
アイナがそれを切り出すと、カトレアは少しだけ恥ずかしそうに。
「いやあ、それがね……実は最初からいました、なんて……」
えへへ、といった表情をしている。
最初から居たとはどういうことだろうか。
少なくともアイナとシオンが来た時には、リンしか居なかったはずである。
そんなこんなでシオンが戻る。
串焼きはちゃんと四人分買ってきたようだ。
「美味しい! やっぱファイストと言えばこれよね! ああそれで何の話だったっけ? 」
「カトレアさんが最初からあの場所にいらしたという話です」
ああそれね、とカトレア。
おつかいに行っていたシオンも話題を把握する。
「確かに。塔の上に人が先客が居たなんて気づかなかったな」
「どうしてだと思う? ヒントはこれ! 」
そうして示されたのはローブだった。
もしやそういうことなのだろうか。
「もしかしてそれは隠者のマントになっているのでしょうか? 」
「大正解! お姉さんが花丸つけてあげましょう! 」
そういうことであるらしい。
隠者のマントは大体小型のマントのような見た目である。
それがこの魔法使いのローブには最初から組み込まれた形になっているらしい。
まさに隠者のローブと言ったところだろう。
「隠者のマントだとしても俺やリンが気が付くだろう。全く見えなかったぞ」
「これは私の特注品だもの。魔術師でも見つけようと注視しないことには見つけられないわ」
なんと。
それは特注品だとしてもなかなかお目にかかれない性能なのでは。
それこそ錬金術師の〝至高の一"に匹敵するレベルである。
目前の魔法使いは一体何者なのだろうか。
謎は深まるばかりである。
「ほら、そろそろ行きましょう。あまり遅くなってもアレだしね」
結局、行先について教えてはくれなかった。
なので三人は大人しく従うしかない。
だというのに。
「あ、あのクレープってやつ美味しそうじゃない? 私ちょっと買ってくるねー」
引率の魔法使いはとても自由であった。