退屈な日常
雪の降りしきる日の放課後、突如話しかけてきたのは、同じクラスの友人であった。
「おーい。帰らないのかー」
友人はそう訪ねると、こちらの返答を待たずに近づき、俺の前の席に腰を下ろした。
「今日はバイトがあるんだ。だから、こうやって時間を潰してる」
「窓見てぼーっとしてるだけに見えるけどな」
窓の外では、しんしんと雪が降っていて、幻想的な世界が広がっている。静かな放課後の教室で一人、俺はそれを眺めていた。
実際のところ、これぐらいしかやることがないのだ。今日分の宿題も、もう終わらせてしまっている。
なので、今日の予定はバイトしか残っていないのだが、生憎この雪の中、バイト先まで行く気になれなず、こうして外の景色を眺めていた。
「まさか、放課後の教室でお前を見かけるとはな。やっぱアレか、『FTF』が終わったからか? 」
「それもある」
VRMMO『フェアリーテイル・ファンタジー』は、一週間程前にそのサービスを終了した。魅力的な世界観に、壮大なストーリーが用意され、大人気のゲームだった。
一つ欠点を挙げるとするなら、レベルやステータス制ではなく、プレイヤー自身の戦闘技術に依るところの大きい、シビアな戦闘システムぐらいであろう。
その変にゲーム性を排除したシステムも相まって、それは一つの世界のような完成度だったように思う。
ともかく、俺もその世界に魅了された一人だったというわけである。
「リリース当初からずっとやってたよな。やっぱ、悲しかったりするのか? 」
「そりゃあ、終わったときは悲しかったし、寂しいかったさ。でも、今は退屈ってのが本音かな。ほら、今までは家に帰ったらログイン、時間が空いたらログインってぐらいずっとあの世界にいたから。いざ『FTF』が無くなると、何をしていいか分からないんだ。『FTF』が出る前だって、何かしていたはずなのにな」
『フェアリーテイル・ファンタジー』はそれほどまでに、心の内側を占めていた。それ故、胸にぽっかりと空いた隙間は、以前までの自分を無にしてしまっていたのである。
どうやら、今も俺の心はあの世界に置き去りにされたままのようだった。
「そういうこともあるか。まあ他に夢中になれるものが見つかれば、すぐに調子も戻るだろうよ」
込み入った表情を見たのか、励ましの言葉を投げかけてきた。
しかし、それに対して俺は、苦笑いを送ることしか出来なかった。
「それはそれとして、お前はこんなところで何をしてるんだ? もう部活だった始まってる時間だろうに」
すでに、時刻は四時を回っている。
目の前に座る男は確か、バスケ部のエースのはずである。こんなところで油を売っている場合ではない。
だが、返答はある意味予想通りだった。
「勿論、サボりだ。俺はこう見えてもバスケ部のエースだからな、堂々とサボれる権限があるんだよ。今日は、うるさいマネージャーも委員会でいないしな」
「エース様が堂々とサボタージュ宣言とは、世も末だな。ほら、そんなお前に迎えが来たぞ」
そうして、男が後ろを振り返ると、そこには鬼の形相をした女子生徒が仁王立ちしていた。
「なっ! 今日は委員会のはずじゃあ!なぜここにいる!?」
「それはこっちのセリフよ! 何故こんなところにいるのかしら? 早く練習にいくわよ。そういえば、さっきうるさいマネージャーがどうのとか言っていたわね。今日は厳しめにさせてもらおうかしら。」
そう言い放つと、その女子生徒は、目の前に座る男の腕を掴むと、強引に引っ張りだす。
「なぜそれを!? ――まさか、ハメたな紫音! 」
「さあ、何のことだか」
俺はわざとらしい口調でそう言った。
勿論、俺はその女子生徒の接近に気づいていたので、話を振ったのである。しかし、勝手に墓穴を掘ったのは向こうと言えよう。だから、俺のせいではないと思う。
そうしているうちに、友人は引きずられながら、その場を後にしたのだった。
先程までの喧騒が嘘のように、静寂が場を支配する。
少し前まで教室には数人生徒が存在していたが、今ではこの教室に独りぼっちである。
今は、四方を隔てられたこの教室だけが、俺の世界だった。
何の驚きも未知もない既知で埋め尽くされた世界。
以前より明らかに狭く、窮屈な自分の世界。
俺には、この退屈がどうしようもなく嫌いで、何よりも一人じゃこの場所から抜け出せない自分が嫌いだった。
「二人なら、何処までも行けたのに」
そう独り呟きを口にし、俺は窓を見る。
外は、とっくに日が落ちて、辺りは暗くなっていた。
それでも、空から落ちる白い花弁は、変わらずに、しんしんと降り続けていたのであった。