鎧を求めて
朝日が差し込む心地よい庭。
ここは宿屋の敷地の端っこ、ちょっとした空き地のような場所だ。
俺はそこで剣の素振りをしていた。
朝早く起きたらやるようにしているだけで、日課にしたつもりはないのだが、ほぼ日課のように素振りをしている。
とは言ってもシオンには剣の師匠がいるわけでも、何処かの流派に倣っているわけでもない。
だからやることは単純だ。
剣を真上から振り下ろして静止させる。ただそれだけ。
これを朝起きてから何十回と繰り返す。
「――ッ! 」
息を吸い込み、思いっきり吐き出す。
素振りという形を取っているだけで、やっていることは精神統一と変わらない。
呼吸を整え、精神を整え、魔力を整える。
言い換えれば身体の調律である。
頭を空っぽにして剣を振る。
「――ッ! …………ダメだな」
余念がチラつく。
それだけで集中が乱れる。
まさに未熟な証拠である。
思考が途切れると常にそれが浮上する。
あの完璧な敗北。
黒いドレスの少女に見せつけられた力の差。
それが記憶の底から浮き上がる。
もし、もう一度あの少女と相対することがあるとするならば。
俺はあの魔術を超えることができるだろうか。
絶望が具現化したような、あの魔術を。
「もっと強く、アイナを守れるくらい強く」
なりたい、いやならなくてはいけない。
心に秘めた決意が、このままでいいのか、と焦燥を煽る。
わかってはいるけれど、それが出来たら苦労しないのだ。
「結局、ひとつずつ積み上げるしかないってね」
そう呟いて、俺は剣を構える。
まずは今できることから始めよう。
素振りを終えたシオンは部屋へと戻り、今日の作戦会議を始めることにした。
「今日はついに目的のアレを注文しに行きたいと思う」
「例のアレですね! どのようなものができるか楽しみです。少し気が早いですかね」
例のアレとは。
大迷路からの脱出を決めた際、壊れてしまったもの。
それからこれまで、その場しのぎの代替品で誤魔化してきたもの。
つまり、それは。
「それじゃあ行こう! 我らが装備を求めて! 」
二人の防具であった。
「そりゃあ無理だ」
鍛冶屋のマスターに注文をするなり、これである。
二人は唖然として立ち尽くすしかない。
「……ええと、それはどういった理由で? 」
何とか持ち直したシオンが理由を尋ねる。
すると、マスターは苦々しい顔で喋りだした。
「お前さん最近この街に来たのか。じゃあ知らないだろうが、今この街は鉱石不足だ。何でも領主が鉱山に続く山道を封鎖しちまったのさ」
鉱石不足。
どれだけ二人が対価を出そうがモノが作れないなら意味がない。
依頼を断るに足る十分な理由だった。
「そりゃなんでまたそんなことに? 」
「そんなもん俺にはわからん。そういう噂話は冒険者ギルドにでも行って聞いてくれ」
そういえばこの街のギルドに顔を出すのを忘れていたな、とシオンは思い出す。
後でギルドにも寄っていこう。
「そんなわけだ。お前さんたちの依頼を受けたいのは山々だが、今は受けられん。武器ぐらいは作れるんだがなあ……、鎧となると足りないな」
二人が依頼しようとしている鎧は特殊な金属だ。
希少な金属というわけではないが、やはり量は少ない。
状況が状況なので仕方ないだろう。
「それなら仕方ないですね……。また別の日に来ることにします」
「おう! 素材と金さえあれば最高の仕事をしてやるよ」
こうなっては封鎖が解除されるまで待つしかない。
今日の所は大人しく店を出ることにしよう。
シオンとアイナは踵を返して店のドアに手をかける。
その時。
ドタドタと騒々しい足音。
何故か身に覚えのある展開がシオンの頭を過って。
「ただいまー! ってうわあ! 」
「よいしょ」
シオンは身体を逸らして衝突を避ける。
少女は体勢を崩して倒れる寸前。
それをシオンは首根っこを掴んで阻止する。
そうして、二番煎じの災難は回避された。
一人捕獲された猫のようになっているが、それはそれ。
めでたしめでたしだ。
「おいリン! お前店には静かに入ってい来いと何回言ったらわかるんだ! 」
「ひゃい! ごめんなさい! 」
「まったく……。うちの姪っ子がすまんな」
最後の言葉はシオン達に向けられたものだ。
「いえ、大丈夫です。こちらには被害がありませんでしたから」
アイナがそう答えるとマスターの感情も少しは収まったようだ。
そして、リンと呼ばれた少女も必死に謝っている。
「すいません、すいません。昨日といい今日といい本当に申し訳ないです……」
「なんだお前さんたち、そいつとどっかで会ったのか? 」
「ああ実は昨日、塔の上で…………」
そこまで言って少女の目が何かを訴えていることに気づく。
よく見るとマスターは怒り出す寸前といった顔だ。
シオンは可哀想なものを見た気がして、昨日の出来事を誤魔化すことにする。
「たまたま会ったんだ。そうだよな」
「は、はい! そうなんです」
少女の叔父は何かジトっとした目で此方を見て、そうかと呟いた。
どうやらそれ以上の追求をするつもりはないようだ。
だがここに、無垢の悪魔が一人。
「そういえば昨日も同じような展開でしたね。やはり勢い良く扉を潜るのは危ないと思います」
アイナ……時々君は鬼のようなタイミングに鬼のような言葉を吐くね。
シオンは今から大目玉を食らうであろう少女を憐れみの目で見る。
その少女は恐怖からか、わなわなと震えていた。
「リンお前ええぇ! 」
「ごめんなさいいいぃ! 」
そして、油に火を注いだ悪魔のような少女は、きょとんとした顔をしていた。
アイナよ、それはお前が招いた惨状だぞ。
「……リンすまないな、俺には助けられそうにない。じゃあな」
「待ってください! 私を見捨てないで……」
何か可哀想なものを見た気がしたが、断腸の思いで店を後にする。
二人が店を出た後、何か物凄い怒号が聞こえたが聞かなかったことしたい。