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Sirius~黒鉄と白銀の旅人~  作者: めらんこりぃ
第二章 螺旋の再生
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鎧を求めて


 朝日が差し込む心地よい庭。

 ここは宿屋の敷地の端っこ、ちょっとした空き地のような場所だ。


 俺はそこで剣の素振りをしていた。

 朝早く起きたらやるようにしているだけで、日課にしたつもりはないのだが、ほぼ日課のように素振りをしている。

 とは言ってもシオンには剣の師匠がいるわけでも、何処かの流派に倣っているわけでもない。

 だからやることは単純だ。


 剣を真上から振り下ろして静止させる。ただそれだけ。

 これを朝起きてから何十回と繰り返す。


「――ッ! 」


 息を吸い込み、思いっきり吐き出す。

 素振りという形を取っているだけで、やっていることは精神統一と変わらない。

 呼吸を整え、精神を整え、魔力を整える。

 言い換えれば身体の調律である。


 頭を空っぽにして剣を振る。


「――ッ! …………ダメだな」


 余念がチラつく。

 それだけで集中が乱れる。

 まさに未熟な証拠である。


 思考が途切れると常にそれが浮上する。

 あの完璧な敗北。

 黒いドレスの少女に見せつけられた力の差。

 それが記憶の底から浮き上がる。


 もし、もう一度あの少女と相対することがあるとするならば。

 俺はあの魔術を超えることができるだろうか。

 絶望が具現化したような、あの魔術を。


「もっと強く、アイナを守れるくらい強く」


 なりたい、いやならなくてはいけない。

 心に秘めた決意が、このままでいいのか、と焦燥を煽る。

 わかってはいるけれど、それが出来たら苦労しないのだ。


「結局、ひとつずつ積み上げるしかないってね」


 そう呟いて、俺は剣を構える。

 まずは今できることから始めよう。






 素振りを終えたシオンは部屋へと戻り、今日の作戦会議を始めることにした。


「今日はついに目的のアレを注文しに行きたいと思う」

「例のアレですね! どのようなものができるか楽しみです。少し気が早いですかね」


 例のアレとは。

 大迷路からの脱出を決めた際、壊れてしまったもの。

 それからこれまで、その場しのぎの代替品で誤魔化してきたもの。

 つまり、それは。


「それじゃあ行こう! 我らが装備を求めて! 」


 二人の防具であった。






「そりゃあ無理だ」


 鍛冶屋のマスターに注文をするなり、これである。

 二人は唖然として立ち尽くすしかない。


「……ええと、それはどういった理由で? 」


 何とか持ち直したシオンが理由を尋ねる。

 すると、マスターは苦々しい顔で喋りだした。


「お前さん最近この街に来たのか。じゃあ知らないだろうが、今この街は鉱石不足だ。何でも領主が鉱山に続く山道を封鎖しちまったのさ」


 鉱石不足。

 どれだけ二人が対価を出そうがモノが作れないなら意味がない。

 依頼を断るに足る十分な理由だった。


「そりゃなんでまたそんなことに? 」

「そんなもん俺にはわからん。そういう噂話は冒険者ギルドにでも行って聞いてくれ」


 そういえばこの街のギルドに顔を出すのを忘れていたな、とシオンは思い出す。

 後でギルドにも寄っていこう。


「そんなわけだ。お前さんたちの依頼を受けたいのは山々だが、今は受けられん。武器ぐらいは作れるんだがなあ……、鎧となると足りないな」


 二人が依頼しようとしている鎧は特殊な金属だ。

 希少な金属というわけではないが、やはり量は少ない。

 状況が状況なので仕方ないだろう。


「それなら仕方ないですね……。また別の日に来ることにします」

「おう! 素材と金さえあれば最高の仕事をしてやるよ」


 こうなっては封鎖が解除されるまで待つしかない。

 今日の所は大人しく店を出ることにしよう。

 シオンとアイナは踵を返して店のドアに手をかける。


 その時。

 ドタドタと騒々しい足音。

 何故か身に覚えのある展開がシオンの頭を過って。


「ただいまー! ってうわあ! 」

「よいしょ」


 シオンは身体を逸らして衝突を避ける。

 少女は体勢を崩して倒れる寸前。

 それをシオンは首根っこを掴んで阻止する。

 

 そうして、二番煎じの災難は回避された。

 一人捕獲された猫のようになっているが、それはそれ。

 めでたしめでたしだ。


「おいリン! お前店には静かに入ってい来いと何回言ったらわかるんだ! 」

「ひゃい! ごめんなさい! 」

「まったく……。うちの姪っ子がすまんな」


 最後の言葉はシオン達に向けられたものだ。


「いえ、大丈夫です。こちらには被害がありませんでしたから」


 アイナがそう答えるとマスターの感情も少しは収まったようだ。

 そして、リンと呼ばれた少女も必死に謝っている。


「すいません、すいません。昨日といい今日といい本当に申し訳ないです……」

「なんだお前さんたち、そいつとどっかで会ったのか? 」

「ああ実は昨日、塔の上で…………」


 そこまで言って少女の目が何かを訴えていることに気づく。

 よく見るとマスターは怒り出す寸前といった顔だ。

 シオンは可哀想なものを見た気がして、昨日の出来事を誤魔化すことにする。


「たまたま会ったんだ。そうだよな」

「は、はい! そうなんです」


 少女の叔父は何かジトっとした目で此方を見て、そうかと呟いた。

 どうやらそれ以上の追求をするつもりはないようだ。


 だがここに、無垢の悪魔が一人。


「そういえば昨日も同じような展開でしたね。やはり勢い良く扉を潜るのは危ないと思います」


 アイナ……時々君は鬼のようなタイミングに鬼のような言葉を吐くね。

 シオンは今から大目玉を食らうであろう少女を憐れみの目で見る。

 その少女は恐怖からか、わなわなと震えていた。


「リンお前ええぇ! 」

「ごめんなさいいいぃ! 」


 そして、油に火を注いだ悪魔のような少女は、きょとんとした顔をしていた。

 アイナよ、それはお前が招いた惨状だぞ。


「……リンすまないな、俺には助けられそうにない。じゃあな」

「待ってください! 私を見捨てないで……」


 何か可哀想なものを見た気がしたが、断腸の思いで店を後にする。

 二人が店を出た後、何か物凄い怒号が聞こえたが聞かなかったことしたい。






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