ファイスト観光
シオンとアイナが門を抜けて、初めにしたことは宿屋を見つけることだった。
といってもこの時期のファイストは、何か大掛かりなイベントがあるわけでもなく、賑わいとしてはそこそこである。
詰まるところ、目的の場所はすぐに見つかったのだった。
だが問題は別にあって。
「アイナ……別に同じ部屋にしなくたって良かったんだぞ」
「いいえ、私達には二部屋を借りている余裕はありません。むしろこれから出費の予定があるくらいです。私は特に気にしませんので、ご自由にくつろいでください! 」
「そ、そうか……。アイナが良いなら良いんだ」
アイナが気にしなくてもシオンの方が気になるのだが、それはそれ。
今更もう一つ部屋を用意するつもりもないので、シオンは沈黙することにする。
さて、街についてから最低限すべきことはこれで終わったわけだが。
これから何をするかを話し合うことにしよう。
「アイナ。これからどうしようか。やっぱり予定通りのところから行く? 」
「それもいいですが、今から行くと帰ってくる頃には真っ暗なので明日以降にするのが良いと思います。それよりもシオンさんの方が行きたいのではないですか? 」
どうやらアイナにはお見通しだったらしい。
しかし、シオンから見たアイナも何やらソワソワしている様子である。
どうやらアイナも同じく期待に胸を膨らませているらしい。
「じゃあ行くか! 今日の予定は……」
二人は息を合わせる。
「「観光」」
というわけで、二人は大通りへと移動する。
街の中央を横断する大通りは、通りに面した露店や出店で賑わっている。
やはり街を観光するならば、一番の賑わいがあるところが良い。
こうした活気のある市場を見ると気分も高揚するというものである。
「すみませーん! この串焼き二本ください! 」
「あいよー! 串焼き二本で銅貨五枚だよ」
シオンはむむ、と一瞬顔をしかめる。
やはり屋台の食べ物は総じて高い。
それは異世界であろうが日本であろうが同じらしい。
かと言って、目の前にある絶品を諦めるわけにはいかない。
シオンは大人しく対価を支払った。
「兄ちゃんは観光で来たのかい? そりゃ大変な時期に来たもんだ」
「何かあったんですか? 」
屋台のおっちゃんの話によれば、最近は物流が悪く物の値段が上がっているらしい。
その理由までは知らないらしく、話してはくれなかった。
つまり、この串焼きも屋台料金というだけではなかったらしい。
せっかくの串焼きが冷めるといけないので、長話はせずにアイナのところに向かう。
「アイナー! 串焼き買ってきたー! 」
「流石です! シオンさん。すぐにいただきましょう! 」
二人で口いっぱいに肉を頬張る。
「うまい! 」
「美味しいです! 」
お互いの感想が同時に放たれる。
この串焼きは二人のお眼鏡に適うものだったらしい。
そうして屋台をいくつか回り腹を満たした二人は、満面の笑みで大通りを後にした。
そんな二人が次に向かったのは、街の各所にある観光名所だった。
「おー!強そう! 」
「流石この街の英雄です! 並々ならぬ雰囲気を醸し出しています」
二人が今見ているのは、二体の英雄像である。
この石像は昔々にこの街を厄災から救った英雄を称えるものであるらしい。
一人は屈強な戦士であり、もう一人はローブを纏った魔導士。
今でもこの街では御伽噺として語られ、子供たちに大人気であるらしい。
「……厄災か」
シオンが思い浮かべるのは、黒の魔女が起こした大厄災。
それはどうやらこの世界でも起こった出来事であるらしく、なんと十年前と新しい。
何故『フェアリーテイル・ファンタジー』はあんなに中途半端な終わり方をしたのか。
何故俺達をこの世界に転生させたのか。
シオンをこの世界に送り出した彼女の意図はわかりきっている。
「つまり、――――続きは自分の目で確かめろってことだろ」
そう。
それはシオンに叩きつけられた挑戦状のようなものなのだ。
ならば、目一杯楽しむしかないだろう。
それが、シオンに出来る最大限の恩返しだ。
そうと決まればやることは一つ。
「アイナ、次はあっちに行こう! 面白いものがありそうだ! 」
「はい! シオンさん。今行きます! 」
そうして一日は過ぎていく。
今日という日を締めくくる最後の場所は、街で一番高い物見塔だった。
「とても高いですよ! 街が一望できます! 」
「凄いなあ……。絶景だ」
空は既に夕焼けに染まっていて。
街並みはその数刻の色彩に彩られる。
それは今日一日観てきた街とはまた別の姿。
二人は思わず目を奪われる。
最後の最後でとんでもないものを見せつけられた。
やはり、一日見て回っただけではとても堪能しきれない。
まだまだこんなものじゃない、という街の声が聞こえてきそうだ。
これこそ旅の醍醐味というものだろう。
夕日は地平線に沈んでいく。
この光景はこの瞬間だけのもの。
夜が来ればまた別の彩りを見せるだろう。
でもそれはまた今度。今日はこの夕焼けで満足するとしよう。
でなければ、二人そろって宿屋の夕飯を食いそびれてしまう。
「それじゃあ名残惜しいけど宿屋に戻ろうか」
「そうですね。たくさん歩いたのでお腹がすきました」
そうして二人が長い長い階段を降りようすると、ドタドタと階段の方から音がする。
なにやら慌ただしい様子で誰かが階段を駆け上がっていた。
その慌てんぼうの誰かさんは扉から飛び出す。
扉を開くところから、飛び出すタイミングまで華麗な技といって良い。
勿論扉の前にいつもは居ない男が立っていなければ。
「危なーーーい! 」
「うわあぁ! 」
結果は見ての通りの衝突。
シオンはその誰かを受け止めるように後ろに倒れ込む。
「――大丈夫ですか! 怪我はありませんか! 」
「ああ、俺は大丈夫だ。君は? 」
そう問われたのは茶色の髪のちょっとしたローブをきた如何にも魔術師見習いな少女。
その少女は呑気に、いったー、なんて呟いている。
が、状況を理解すると目にも止まらぬ速さでシオンの上から移動した。
「は、はい! 私は大丈夫です! あわわ、その、ごめんなさい! 」
そう言って、少女は何度もお辞儀をしていた。
まあそんなちょっとした災難もありながら、シオンとアイナの一日は終了したのだった。




