鍛冶の街ファイスト
陽光を我先にと奪い合うように成長した木々、視界いっぱいに広がる大自然。
そのような林道を二人は歩いていた。
「シオンさん、見てください! あれは鹿ではないですか!?」
そんな興奮した様子で目撃した内容を逐一報告してくれるのは、銀色の綺麗な髪をした少女である。
以前はそれに加えて、銀色の綺麗な鎧を纏っていたのだが、今はもう存在しない。今纏っているのは軽銀の軽装である。
そして、その少女はふらふらと道を外れ、その大自然との接触を図ろうとしていた。
「ちょ、ちょっと待って! 危ないから触りに行こうとしないでくれ」
そう制するのは黒鉄の装いに黒髪の少年。
今回の旅においては彼が制御役。相棒の好奇心が爆発するのを抑える役割だ。
勿論、彼の方が爆発する場合もあるのだが。
止められた彼女はというと、魔物の出現はないので危険はないはずです、なんて凛々しくも未練を隠しきれていない。
魔物ではないとしても、野生動物は危険なので諦めて欲しい。
アイナなら怪我することはないかもしれないが。
そうこうしているうちに景色は開けた平原へ移り変わる。
目前に広がるのは、一面の草原に放牧された牛、それらを管理する農家、そんな光景である。
つまり、ここは既に目的の街の郊外、楽しい大自然体験イベントは終わりを告げたのだった。
「そろそろ到着のようですよ。楽しみですね! 」
「ああ、どんな街なのかワクワクするぜ! 」
二人はまだ見ぬ場所へ思いを馳せるのであった。
ではあれからの出来事を少しだけ。
彼の大迷路から脱出を遂げたシオンとアイナの二人は、アレンという名の青年に保護された。
そして、彼の魔術の甲斐もあり、アイナは一命を取り留める。今ではこのように後遺症もなく、大はしゃぎしているので大変喜ばしい。
そうして二人はアレンに案内されるまま、彼の拠点まで移動した。
というより気づいたらそこに居たというのが正しい。
そこは大陸の端にある離島、全世界から人々が押し寄せるモルガナイト魔導学院であった。
シオンが目を覚まして、窓の外が一面の青色であった時は、何が起きているのか理解するのに数秒を要した。
なんとアレン・スピネライトという男は、この学園の教授という立場なのだった。
そんなこんなでシオンとアイナは一か月の間、学院の生徒としてお世話になった。
因みに言うと扱いは交換留学生。だから学園を出ることになろうと、特に学位をもらえるわけではない。卒業証書なんて形に残るものは以ての外だ。
何処と交換しているのかは二人は知らない。
そこで友人達と繰り広げる聞くも愉快、語るも痛快なお話はまた今度。いつか機会があれば語られることもあるだろう。
ともかく二人は学園で精一杯の知識とお金をかき集めて、こうして旅に出たのである。
幸い、身分証明の類はアレン教授がある程度用意してくれたので、都市の移動に問題という問題は起きなかった。
後は冒険者ギルドの登録だけだったのだが、これがまた大変だったのだ。
冒険者のランクは銅、銀、金、白金、金剛の五つである。
当然だが登録したばかりの二人のランクは銅級である。
冒険者ランクは身分証明としては中々のもので、ある程度の煩雑な手続きを省略できる。魔物蔓延る世界において、腕の立つ冒険者というのは何処であろうと重宝されるのであろう。
それは銅級だろうが金剛だろうが変わらない。まあ扱いは多少変わるだろうが。
問題なのは、銅級では受けられるクエストに限りがあるということだ。
駆け出しの冒険者に与えられるクエストは、駆け出し相当の一定の安全が約束されるものである。
この場合、安全とは安報酬の言い換えだ。
つまり、実力的に駆け出しを過ぎている二人にとっては足枷も良いところである。
だからまず、冒険者ランクを上げることに血道をあげた。
銅級から銀級への昇格条件は、一定以上のクエスト達成だけである。
受けて、受けて、受け倒した。一日に三つは受領した。
その甲斐あって今は二人とも銀色のカードを持っている。
閑話休題。
余談は以上で終了だ。
なぜなら目前には既に巨大な壁が聳え立っている。
「シオンさん! ついに着きましたよ。こんなに大きな外壁を築くなんて素晴らしいです! 」
「俺も初めて見るよ。やっぱ間近で見ると凄いな! 」
二人が旅に出る時から決めていた最初の目的地。
多くの冒険者が一度は訪れる夢の街。
「さあ、行こう! 鍛冶の街ファイストへ! 」