真夜中の話
それは、ある真夜中の出来事。
明かりも喧騒も途絶え、しーんと静まり返った街を月と星が彩る、そんな夜のお話。
街に降りてきたのは、二人だけ。
一人は、街ではもう着られることのなくなった麻の布を纏った、老け顔の男。
もう一人は、こんな夜中には相応しくない真っ赤なドレスのような布を纏った、佳麗な女。
誰もが寝静まった街の中、二人の足音だけが響いている。
一つは、必死の様子で駆け抜けていく。
もう一つは、規則正しく優美に追いかけていく。
始まったのは鬼ごっこだ。
子供の頃、誰もが友人と遊んだであろうその遊び。
ルールは単純で、鬼が子を捕まえようと追いかけるというものだ。
今回のそれも究極的には同じ話。
違うのは、鬼に捕まったら殺されるというだけ。
それだけで、この話は見るも無惨、語るも無情なものと化している。
男は必死に逃走する。
ただがむしゃらに、脇目もふらず、一心不乱に、走り続ける。
目的地なんてありもせず、安全地帯は存在しない。
振り向いたときに鬼が居なければ、今夜は男の勝ち。
逃げること以外に道はない。
女はただそれを追いかける。
それが街中だろうがお構いなしで。
それを見つけたならば殺すのみ。
女は、日が昇り始めるまでにはケリをつけたいな、なんて考えながら。
右手に持った簡素な剣を男に向ける。
二人の鬼ごっこは数刻続き、月が沈みかけたところで決着がつく。
男が迷い込んだのは、迷路のような路地裏であった。
初見では迷子確定の迷路だが、男は自信ありげに進んで行く。
彼にとっては庭のようなところであり、ここなら、という自身があったのだ。
計算外のことがあるとするならば、男が知らない間に街が発展し、迷路が大迷路になっていたことだけ。
致命的なミスである。
ほら見たことか、男の目前にそびえたつ壁が現れる。
行き止まり。
まさしく運命の終わりである。
そして、鬼は背後から。
「まったく……こんな街の中まで逃げ込むなんて。メンドウなことしてくれるじゃない」
そう言ってため息を吐くと、女は男に凶器を向ける。
男はそれを見ながら後ずさる。
「い、いやだぁ、まだ死にたくない! 」
そう口にするも女の様子は変わらない。
どうあってもここで自分を亡き者にしよう、という意志を男は女から感じ取る。
女が一歩進む。
男が一歩後ずさる。
そうして、男が壁に辿り着いたとき、己が運命を悟った。
「なんでだぁ、なんで殺すんだ……」
精一杯の延命も、その殺人鬼には意味をなさなかった。
「ごめんなさい。恨むのなら私を恨んで頂戴。――全て私が背負うと決めたから」
――――ザクリ
何の飾りっ気もない剣が男の胸に突き刺さる。
それはこれ以上ない程、何処からどう見ても致命傷。
逃走者の命は、驚くほど綺麗に奪われたのであった。
何はともあれ、鬼ごっこはこれでおしまい。
話の続きはこれ以上ないけれど、強いて言うなら、次の日に死体が発見されることはなく、綺麗さっぱり消えてしまったことだけ。
これはこの街に語られることになる最新の噂話。
曰く、真夜中に真っ赤なドレスの殺人鬼が追いかけてくるという。




