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Sirius~黒鉄と白銀の旅人~  作者: めらんこりぃ
第一章 剣と魔法の世界
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ようこそ世界へ


 とにかく速く、とにかく早く。


 出口へ向けて、ただひたすらに走り抜ける。

 崩れ落ちる天井の瓦礫を最小限の動きだけで回避する。瓦礫で塞がった通路を詠唱魔術で破壊する。完全暗記したマップを頼りに、崩壊する迷路から最短ルートを導き出す。

 思考を最大限に加速させることで、俺はその全てを刹那に判断する。


 それらはほぼ無意識に抽出され、選択され、判断される。もはや走ることさえ頭の中には無く、無意識化の行動だった。

 俺が意識することは、ただ一つで。


「アイナを助ける! 絶対に死なせはしない! 」


 息が切れる。だからどうした、走り続けろ。

 鼓動がうるさい。まるでカウントダウンみたいだ。

 体力が尽きる。でも、気力は尽きていない。

 それならまだ走れる。

 



 今更になって気づいたことがある。

 俺はずっと、独りでは何もできないことが、独りでは何処にも行けないことが、なにより独りでは何もしようとしない自分自身が、どうしようもなく嫌いだった。

 だからこそ、あのゲームに出会い、アイナに出会い、冒険を繰り広げたことが嬉しかった。物質的な束縛も心理的な拘束もない。あの世界は自由だった。


 でも、それは間違いだった。

 独りでは何もできないことが嫌なわけでも、独りでは何処にも行けないことが嫌なわけでもない。

 本当は孤独になるのが怖かったんだ。

 どうしようもなく誰かに関わってもらいたかったのだ。


 だというのに気づかないふりをした。

 そもそも独りでは出来ることに限界があるというのに、嫌悪という感情で包み込んで、それを見ないようにした。

 一人でも生きられるように。独りでも大丈夫になるように。

 

 今だからわかることがある。

 俺はアイナを連れ出しては、いろんな冒険をした。でも、本当に連れ出されていたのは、俺の方だったのだろう。

 俺を孤独という殻から連れ出して、他者と関わることの真の意味を教えてくれたのはアイナなのだ。

 美しい景色を見つけては微かに笑う、美味しいものを食べて嬉しそうにする、歌を聞いて穏やかな顔をする、そんなアイナの感情全てが好きだった。

 その全てが俺の救いになっていたのだ。


 だから、今度は俺の番。

 

 もう独りになりたくない、そんな自分本位な考え方かもしれない。

 それでも。

 自分のために傷ついた少女に、罪悪感を感じているだけかもしれない。

 それでも。

 俺の感情が、どれだけ偽善で塗り固められたものだとしても。


「アイナを救いたいというこの気持ちだけは――――本物だ! 」


 俺はそれだけを胸に抱いて走り続けた。






 光が見える。

 それはこの迷路にないはずの光。

 外界の明かり。つまりは、出口である。


 脳内マップで言えば、もうそろそろ出口が見えるのはわかっていたが、それでも目で見て確認できるというのは嬉しいことだ。

 シオンもこれには息をのんだ。


「…………良かった。これで助けられる! 」


 安堵。

 もうすぐのところにゴールがある、もうすぐで終わる。

 シオンはそうして安堵した。安堵してしまった。

 まだ、ゴールしたわけではないというのに。


「しまった! 」


 気づいたときには遅かった。

 天蓋の大規模な崩落。あの部屋から始まった崩壊は、ついにシオンに追いてしまった。

 回避しようがない数多の瓦礫は、シオンに襲い掛かろうとしている。

 もはや一つひとつ破壊する暇もない。

 シオンは致命的に詰んでいた。


 それでも死神は――――――シオンの味方だった。


「止まらない! そのまま走って! 」


 それは花びらの舞うように。優雅に、華麗に、心地よく。

 そんな灰色の死神がシオンの真上に跳躍した後、足音も立てずに着地する。

 上空に位置していた瓦礫は、いつの間にか綺麗に粉々になっていた。


 シオンはその声を信じて、足を止めずに走り続ける。

 そして、遂に仄暗い迷路から脱出したのだった。

 振り返ると、先程までシオンが走っていた場所は、瓦礫と土砂で埋め尽くされていた。


「良かった……。あと少しで生き埋めになるところだった」


 シオンは緊張が途切れて倒れそうになるが、意識をしっかり保つ。ここで倒れるわけにはいかないのだ。神殿からの脱出という目標を達成したが、まだやらなければならないことがある。

 シオンはアイナを抱えながら、周りを確認する。

 すると、会話が聞こえてきた。


「アレン、早くこっちに来る! 」

「待ってくれ! 君はいつも唐突だ。少しは説明というものを…………」


 少し遅れてやってきた男は此方に気づく。

 そして、この場の誰よりも大慌てした様子で。


「大変じゃないか! 僕にその子を見せてくれるかい? 」


 シオンはその男にアイナを引き渡すと、男は治療を開始した。

 その様子を傍で見守る。


「…………これは酷い。外側も酷いが、特に中身の損傷が酷すぎる。死んでいないのは奇跡だ」


 その言葉に不安になったシオンは思わず口を開いていた。


「アイナは……助かりますか?」

「大丈夫、安心して。必ず助けるから」


 男は魔法陣を幾つも出現させ、ひとつずつ丁寧に発動させていく。

 すると、目に見える傷が少しずつ治癒していった。

 外見上確認できる傷が全て塞がるが、それでも新しい魔法陣を起動させては消していく。

 そして、遂にその手が止まる。


「…………ここまで回復すれば、取り敢えずは大丈夫だろう。持ち物が良いのか、生命力は尋常じゃないくらい高いからね。気になることはあるけど、当面の間、死の危険はないはずだ」


 男が治療の終了を宣言する。

 持ち物というのは聖剣のことだろうか。確かにそれは、アイナの生命維持装置の役割を果たしていたものだ。どうやら、それのおかげで一命をとりとめたらしい。


「――――それは良かった。本当にありがとうございます! ええと……」


 そうして、シオンは感謝の言葉を述べる。

 しかし、そこで相手の名前を知らないことに思い当たる。

 それに男も気づいたようだった。


「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前はアレン。アレン・スピネライトだ。よろしくね」


 そして、その視線はもう一人の女へと向けられる。


「そして、彼女はルナだ。仲良くしてやってくれ」


 ルナと紹介された女は、シオンと目が合うと小さな声でよろしく、と呟いた。


「アレンさん、ルナさん、本当にありがとうございました」


 そうして、再度感謝を伝えると、シオンは何とか保っていた意識を、遂に手放したのだった。


 地面に倒れるシオンの身体を、アレンが受け止める。

 その身体をゆっくりと少女の隣に並べて、声をかける。


「……お疲れ様、よく生きてここまで辿り着いたね。君達は充分頑張ったとも。今はゆっくりと休むといい」


 ふと見ると、昇りだした太陽が空に綺麗な東雲を描く。

 そして、思い出したように振り返って。




「――――――ようこそ、この世界へ」






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