不倶戴天
「――――誰だ! 」
謎の少女にシオンは問いかけるが、答える気配はない。
シオンとアイナはそれぞれの剣に手をかけ警戒態勢を取る。
開口一番の不穏な一言や何処か浮世離れした雰囲気からして、二人とも尋常では無い気配を感じ取ったからである。
しかし、少女は特に気にした様子もなく、先程から変わらぬ様子で。
そして、再び口を開いた。
「…………まあ少し面倒くさいけれど――殺せばいいか」
黒い少女は右手の指を前へ突き出し、空をなぞる。すると――――空間に裂け目が出現する。
少女はそこに手を入れると中から一本の剣を取り出した。
それは夜空のように黒い細剣。
あまりの出来事にシオンは目を疑った。
何をしたのかが全く理解できなかったからである。
それは、明らかに魔術の域を逸脱した代物で、おそらく彼女が持つ魔法によるものであることはシオンにも理解できる。
しかし、魔法とは人がそれぞれに持つ『魔導刻印』を用いて行使されるものであるため、発動にはそれなりの工程が必要となる。
魔術とは異なり、無詠唱無工程で行使できる代物では決してないのだ。
シオンは唖然として言葉を失っていた。
それ故に少女への意識が疎かになる。しかし、それは致命的失態だった。
少女は引き抜いた剣を横に振る。
その瞬間、シオンの脳内に声が響いた。
――――伏せろ
その瞬間、シオンが居た空間に嵐にも似た何かが通り去った。
「――シオンさん! 」
「死ぬかと思った…………」
通り過ぎたのは魔力の塊だった。
それも薄く引き伸ばされた斬撃のような形で。
そして、その軌跡はシオンの喉元の位置を過ぎ、確実に殺害するための一撃であった。
シオンは体勢を低くすることで、その斬撃を回避した。
回避された斬撃が後方の壁面に衝突し、大きな音を上げて爆発したのを聞いて肝を冷やす。
もし当たっていたらほぼ間違いなく命は無かっただろう。
「あなた今……。予知系かしら? それとも…………。まあ良いわ。殺せるのならなんでもいいもの」
少女は何かを呟いていたが、二人には理解できなかった。
そして、アイナは少女に問いかける。
「何故私達を殺そうとするのですか? 私達は貴方に何もしていません! 」
真っ当な質問である。殺し合いになるとしても、せめて理由ぐらいははっきりさせておきたい。
そして、少女はこの質問には答える気があるようだった。
「何故……? そんなの目障りだからに決まってるじゃない。嫌いなのよ、魔物も人間も。いくら潰しても際限なく湧いてくるでしょう。だから――――殺すの」
そうして、少女の顔が曇り出す。
「私のオオカミが神殿内の生き物を消してくれるはずなのに…………。あの子は何をしているのかしら。全く、最悪ね」
それはまるで普段の愚痴をこぼすかのような口調で。しかし、二人にとっては思いもしない告白である。つい先程まで二人が死闘を繰り広げた魔物が、眼前の少女の手で放たれたと告げられたのだ。
シオンはその得体の知れなさに身震いする。
あのような恐ろしい獣を従えるなど、もはや人に出来る所業ではない。
「あんな殺戮兵器がただの使い魔だなんて、あり得ないにもほどがあるぞ! 」
魔獣使いが必ずしも己の使い魔より強いというわけではない。むしろ、使い魔の方が何倍も厄介なんてことはよくある話だ。
しかし、目の前の少女に限っては、そのような理屈は当てはまらないだろう。シオンは直感的にそう感じていた。
シオンは覚悟を決めて剣を構える。
「あなたたち、私のオオカミを知っているのね。それでいて命があるなんて幸運だわ。それとも――あなたたちが殺したのかしら。もしそうだったら――少しは楽しめそうね」
少女はそう口にすると、雰囲気が変化する。
それに伴い、周囲の様子もおかしくなる。
途方もない重圧。突如現れたプレッシャーが二人を襲った。
「問答の時間は終わりよ。さあ始めましょう――――殺し合いを! 」
そうして、戦いの火蓋が切られた。
幾度となく剣戟が繰り広げられる。
二人は出し惜しみなく己が剣を打ち合わせた。
しかし、結果は一撃たりとも少女には届かなかった。
それどころか、完全に遊ばれていた。それほどまでに少女は規格外の存在であった。
アイナが少女と幾度目かの剣を打ち合わせる。
聖剣は既に解放済み。それでも押し切れない。
少女の剣には、暴力的なまでの魔力が乗せられていた。
聖剣で受けようとも、その衝撃がアイナの身体にまで伝わるほどだ。
「なんて魔力……」
「よく耐えるわね。抵抗しなければすぐに楽にしてあげるのに」
少女は嘯く。
勿論無抵抗で殺される気などアイナには無い。
そして、側面からはシオンが攻撃を仕掛ける。
黒剣には〝属性付与″として、『雷』が掛けられている。
狙うは胴体。上手くいけば麻痺で、殺さず無力化できる。
しかし、少女はいつの間にかもう一つ剣を取り出し、それを受け止める。
そして、幾度かの剣戟で、雷と黒い魔力がぶつかり合う。
「あなたの剣は――痺れるから嫌いだわ」
「なら、降参してくれるとありがたいんだけどな! 」
少女はシオンの言葉に不敵な笑みで返すと、暴風のような魔力で押し返した。
シオンは受け止めきれず後退する。
だが、そのタイミングでアイナが仕掛けた。
聖剣の加護による超人的な踏み込みの一撃。
しかし、それは容易に躱される。
「それは――――もう見飽きたわ」
「――きゃっ! 」
アイナは小さな悲鳴と共にシオンの方へ吹き飛ばされた。
シオンはアイナを受け止める。
「…………そろそろ目障りになってきたし、飽きてきたから終わらせてしまおうかしら」
俄かに少女が口を開く。
そして、手を上方へと掲げると、その上空に禍々しいほどの魔力が集中し始める。それはまるで、光すらも呑み込むかのように周囲の魔力を吸収して成長している。
何か途轍もないものが完成しようとしている、それだけは二人にも感じることが出来た。
「全力で迎撃するぞ! 合わせてくれ、アイナ! 」
「了解です! 」
シオンは詠唱を開始し、アイナは聖剣に力を逆流させる。
そして、完成したのは此方が先だった。二人は空中に浮かぶ黒点へと攻撃を開始した。
「行くぞ――――〝魔女の雷撃″」
「聖剣最大解放、打ち破れ――――デュランダル! 」
だが、それは完成してしまった。
――――――〝倶に天を戴かず″
地上から放たれた光の奔流は、天より来たる黒色の激流に吞み込まれた。