終わる世界に、二人は想う
――今日、この世界は終わりを迎える。
だからこそ、俺は急いでこの場所を目指していた。
そして、今目の前に立ちはだかるのは、巨大で禍々しい扉である。
「ついに、俺たちはここまで来たぞ! アイナ」
感極まった俺は、傍らにいる少女に話しかける。
銀色の綺麗な髪を靡かせ、白銀の鎧を身に纏い、手には水晶のように透き通る大型の剣を持つ少女。
しかし、返事はなかった。勿論、ただ無視されたわけではない。彼女はこの世界のNPCであり、返事をする機能を持ち合わせていないだけ。
当然の結果だが、俺にとっては少しだけ寂しいことだった。
俺達がたどり着いたのは、『古代の神殿』の最奥にあるボス部屋である。この扉の先には、ラスボス『黒の魔女』がいるのだ。
実装から数か月、討伐回数は、大規模レイドを組んで挑んだ一回だけ。そのような、この世界最強の存在に、今から二人で挑戦しようというのだ。無謀にも程がある。
だが、俺はどうしても最後にこの二人で挑みたかった。
この世界最奥の地に、二人で到達した証を残したい。理由なんてそんなもので、無いに等しい。
だとしても、俺達はこの先に、剣を突き立てるのだ。
「残りはあと一時間、これだけあれば十分だ。行こう、アイナ。これが正真正銘この世界最後の戦いだ! 」
扉を開けて中へと進む。
これは証明だ。俺とアイナ、この二人なら何処までも進んで行けるという証明。
――今日、この世界は終わりを迎える。
だから、私はこの瞬きの間に想いを馳せる。
今までの冒険のことを。もう此処にいない少年のことを。
出会いは、冒険者ギルドのパーティー募集制度でした。
運営がソロでも攻略できるように用意した救済システムで、NPCをパーティーに加えられる制度です。
なので私も、いつものようにギルドでパーティーを募集していたのです。
そこに現れたのが、黒髪の少年でした。
如何にも冒険者成り立てといった服装で、鍛冶屋で投げ売りでもされていたかのような短剣を、腰に下げていました。
そうはいっても、私だって似たような恰好でしたが。
そして、その少年はシオンと名乗り、パーティー申請をしてきたのでした。
そうして、私達は出会いました。
それからというもの、この世界の様々な場所を二人で冒険したのです。
とても高い山を登ったり、巨大な船で海へ出たり。時には砂漠の国なんてこともありました。
今となっては、そのどれもが輝かしい日々の思い出です。
そんなこんなで今、私達はこの世界の最奥まで到達しました。
出会った頃からは、とても考えられません。
駆け出し冒険者の恰好をしていたシオンさんが、今では黒鉄の衣装に身を包んでいます。もうあの頃とは違う、一流の冒険者なのでした。
それでも、性格は今も変わらず、好奇心旺盛で少しだけ子供じみていて。
今日だって、突然私を連れだしたかと思えば、こんな場所までやってきて。いきなり、ラスボスを倒すぞ! なんて、無茶苦茶にも程があると思うのです。
いつだって、私はあなたに振り回されてばっかりでした。それはそれで、楽しかったというのは、私だけの秘密ですが。
さて、そろそろこの場所も崩壊する頃でしょうか。
これは、世界の終わりから世界の解体までの、瞬きの夢のようなもの。
ボタン一つで、私はこの世界と共にデータの海に消えてしまう。
だから、最後の時まで、私は『私』を保ち続ける。だって、この記憶は、この記録は、私だけの宝物なのですから。
私は、この場所に刺さった蒼色の聖剣を見つめる。それは彼が残した、この世界に存在した証であり、この場所に到達した証。
それはそこにあるだけで、私達の冒険の旅は確かに存在した肯定してくれるようでした。
「……そうだ。私にもまだ、やることがあったんだった」
そう呟いて独り、その剣に向かって歩いていく。
そして、そこに辿り着くと、私は自分の持つ剣を交差するように地面に突き立てた。
「――私達なら何処までも。そうですよね、シオンさん」
この世界最奥の地に二つの剣が並んでいる。
それは証明だった。何処までも進んで行けると信じた二人が、最後にこの場所まで到達したという証明。