ー 4 ー 一次試験②
ー黒づくめの少年ー
ゴゴゴゴゴ!!!
轟音を響かせ、土煙を巻き上げながら、小山のような巨大な物体が黒づくめの少年に迫る!
しかし、少年は薄い笑みを浮かべたままだ。
クロロ「まずいっ!ぶつかるぞ!」
少年が巨大な影に飲み込まれていく!!!
コン太「も、もうだめだ!」
その時、少年の体から、かすかに湯気のような光が立ち上った!
そして、少年はすっと腰を落とすと、地面を蹴った!
コン太「とっ、飛んだ!?」
ズドドドドド!!!!!
少年の眼前を巨大な塊が駆け抜けようとする、まさにその瞬間!
空中で体を反転させながら、すばやく腕を突き出した!
ズドン!
鈍い音が走り、パンチの衝撃でアルマジロウスが真横に吹っ飛んだ!
クロロ・コン太「!!!」
樹木が薙ぎ倒され、地面がめくり上がる!
回転の軸を失ったアルマジロウスは、車輪から外れたタイヤのように、出鱈目に跳ね飛んでいく!
ズガガガガガン!!!
巨木に激突し、ようやく動きが止まった。
シュウウウ…
摩擦と衝撃で、アルマジロウスの周辺から煙が上がっている。
ざざっ。
少年は、植物をかき分け、吹っ飛ばしたアルマジロウスの元に駆け寄った。
死んではいないようだが、ほとんど動けないほどのダメージを負っているようだ。
少年「…ふん」
無表情に、背中側の鎧を1枚剥がし取り、その場を去っていった。
クロロ・コン太「…(ぽか〜ん)」
少年に向かっていた残りの2匹も、この異常な状況を察知したのか、いつの間にか方向転換をして
いなくなっていた。
岩の上に生暖かい風が吹き抜けた。
コン太「な、なんて野郎だ…」
クロロ「…あいつパンチ一発で…いったいどうやったんだ?
オレの投げた石みたいに弾かれなかった!それだけとんでもないパワーだったってことかな?」
クロロが拳をぎゅっと握りしめた。
コン太「…確かにとんでもない力だったんだろうが、それだけじゃない…!あ、あいつ、アルマジロウスとすれ違う瞬間、正確に回転の中心を突いたんだ!」
コン太の額から汗が流れる。
クロロ「回転の中心?」
コン太「そうだ。あの山のように巨大なタイヤみたいな化け物でも、回転していれば回転の中心がある。中心に対して進行方向と垂直の圧をかけて、真横に吹っ飛ばしたんだ。回転の中心であればあるほど、遠心力の影響は少ないからな…だから弾かれなかったんだ」
クロロ「…」
クロロは俯き、拳を握りしめたままだ。拳に力が入り、ブルブルと震えている。
コン太が岩の上でぺたんと尻餅をつき、ふっとため息をついた。
コン太「…わかるさ、ショックだろう。ボクたちと同じくらいの年なのにな…一体どんな生き方をしてきてあんな芸当を身に着けたんだろう…。次元の違いを思い知られた気分だ…」
クロロがパっと顔を上げた。
クロロ「あはは、いや、そうじゃねえ!いろいろすごいなって、すげえやつがいっぱいなんだって、オレ、ワクワクしてきたんだ!」
コン太「ええっ!?」
クロロ「まずコン太よう!あんなに一瞬の出来事なのに、回転の中心とか遠心力とか…起こったこと全部わかるってさ、すげえよ、本当に!」
コン太「お、おう。ま、まあな」
照れ臭そうに鼻をポリポリとかく。
クロロ「それと、あの黒いヤツ。あいつは確かにすげえ。すげえしくやしいぜ。
中心を突く、か…。オレもやってみるか!さっそく!」
コン太が慌てて立ち上がった。
コン太「な、なにっ?いや、早まるなよ、作戦を立ててからじゃないのかよ!」
クロロ「まっ、これが作戦だぜっ!あいつと同じようにやりゃ合格だしよ!んじゃ、岩の下に降りよう!」
そういって、岩場の斜面を降り始めた。
コン太「ちょ、ちょっと待てって!あいつは、あの超高速で回転してる、その中心、ど真ん中を拳で射抜いたんだ!狙いが外れれば、おまえが投げた石と同じで、弾き返される!
しかも素手だぞ!?ミリ単位でも狂えば、回転に巻き込まれて腕ごともっていかれるぞ!
こんなの不可能だ!常人の為せる技じゃない!」
クロロがぽりぽりと頬を掻く。
クロロ「何言ってんだよ、んなもん、やってみねえとわかんないぜ!ダメだったらもう一回作戦を立てればいいさ!」
コン太「おい!」
コン太がクロロを引っ張ろうとしたその時、おかしな音が聞こえてきた。
…
ヒェ〜!ヒェ〜!
甲高く、何かが叫んでいるような音。ジャングルの方から聞こえてくる。
クロロ「ん?なんだ?」
岩の上に戻り、あたりを見渡す。
コン太「あっ!お、おい、あそこをみてみろ!」
ー動き始めた受験者たちー
先ほどのドアと反対の方角。
コン太が指さした先を見ると、ジャングルの中、一人の男が奇声を上げながら走っていた。
***「ヒェ〜!ヒェ〜!ぶっひゃはははは〜!」
クロロ「な、なんなんだ、あいつ!あいつも受験者か!?」
ピンク色に染め上げたモヒカン。顔には星や三日月のマークのタトゥー。顔や体のあちこちにピアスがあり、そのいつくかのピアス同士がジャラジャラした鎖で繋がっている。
ぴたっとしたブラックレザーのライダースとパンツを身にまとい、まるでパンク・ロッカーのピエロみたいだ。
ゴゴゴゴゴ!!!メキメキっ…バキバキ…!
奇声につられたのか、1匹のアルマジロウスがピンクモヒカンのところへ向かっていく!
しかし、ピンクモヒカンは焦る様子はなく、むしろフラフラとスキップするような動きをし始めた。
コン太「な、何してるんだ、あいつ!アルマジロウスに気付いていないのか?すぐに追いつかれて、つぶされちゃうぞ!」
コン太の顔が青ざめる。
まるで徒歩と車みたいに、ピンクモヒカンとアルマジロウスの距離がぐんぐん詰まっていく!
ピンクモヒカン「ヒェ〜!ヒェ〜!ぶはは!もうちょっとだ!こっちよ、こっち!!!」
ピンクモヒカンが振り返ってピアスだらけの舌を出す。
クロロ「ぶつかるぞ!」
身を乗り出して叫んだ!
ピンクモヒカンとアルマジロウスが重なる!
巻き込まれたかのように見えた瞬間、ドシンと腹に響く振動と共に、地面が大きく陥没した!!!
ズザザザザ!
土煙が上がり、周囲の樹木や岩も穴に引き込まれていく。アルマジロウスも見えなくなった。突然出現した大穴にはまったようだ。
***「落とし穴作戦、成功〜!」
穴の近くの木陰から、緑色のモヒカン男が現れた。顔には太陽や雲のマークのタトゥー。ピンクモヒカンと同じようなぴたっとしたレザーの衣装に身を包んでいる。
ピンクモヒカン「兄貴、うまくいったな!さすがだぜ」
陥没の瞬間に飛び避けたようだ。砂埃を払いながら緑モヒカンに言った。
緑モヒカン「しっかしおめえの叫び声、ありゃ大したもんだぜ、聞いてるこっちも気持ち悪かったわ」
緑モヒカンが顔をしかめてペッと唾を吐く。
二人は穴に近づくと、動けなくなっているアルマジロウスの背中に飛び乗り、鎧を1枚ずつ剥がした。
ピンクモヒカン「へっへっへ、まっ、とりあえず一丁上がりだぜ」
そう言って、その場を去っていった。
ー軍人の男ー
クロロ「へ、変なやつらだったなー」
コン太「お、落とし穴とは、思いつかなかった!でも…仕掛けは簡単そうだけど、この短時間であんな穴を掘れるなんて、尋常じゃないな…」
コン太が汗を拭いながら言った。
クロロ「ああ、ただもんじゃなかった…ん?」
クロロが何かを見つけたようだ。
クロロ「おい、コン太!あっちも見てみろよ!」
クロロが真正面の方角を指さした。
アルマジロウスが駆け回っているせいで、ジャングルのところどころに
整地されたような開けた場所ができていた。
そういった場所の一つに、軍人のようないでたちの男が立っていた。
迷彩柄の軍服を身をまとい、髪は角刈り、浅黒い肌にホリの深い顔立ち。
全体的にゴツゴツとした筋肉質の体型で、まさにザ・軍人といったところだ。
コン太「な、何かをしようとしているようだな…」
コン太が目を凝らす。
軍人はポケットからおもむろに拳銃を取り出すと、いきなり空へ向かって発砲した!
鋭い音がジャングルに響き渡る!
クロロ「うわっ!あんな音立てたら、アルマジロウスが寄ってくるぞ!」
クロロが耳を押さえながら叫んだ。
コン太「い、いや違う、呼び寄せたんだ!」
コン太の言う通り、音に反応して1匹のアルマジロウスが軍人に向かって突進していった!
コン太「あの軍人…一体どうするつもりだ…?」
軍人は上着のポケット、パンツのポケット、リュックやポーチ…あらゆるところから丸い物体を取り出し、地面に並べた。
軍人「ふん、跡形もなく消してやろうではないか!」
そう言って、丸い物体を1つ手に取ると、迫り来るアルマジロウスに向かって投げつけた!
カツンと当たるや否や、カッと光を放ち爆発した!
鋭い爆風が木々を揺らす。
コン太「しゅ、手榴弾だ!あいつ大量の爆弾をもってる!」
腕で爆風を防ぎながら叫んだ。
クロロ「ば、爆弾もありなんか!そういえば、ダメとは言われてないかもな…!」
軍人「ははは!まだまだだ!くらえ!」
軍人は取り出した手榴弾を手当たり次第、次々に投げつけた!
ドドドド!
複数の閃光が弾け、爆発の振動で大地が揺れる!土煙が周囲を包む!
コン太「うわあああ!む、むちゃくちゃだあ!」
思わず岩にしがみつく。
軍人「どうだー!!!獣め!!!はははは…!はっ!し、しまった!跡形もなくなってしまうと、鎧のかけらが手に入らんではないか…!」
軍人は頭を抱え、急いで手榴弾をしまい始めた。
コン太「あ、あいつ、ちょっとおバカなのかも…」
クロロ「は、はは」
装備を整えた軍人は、焦ってアルマジロウスの元に駆け寄った。
軍人「あっ!だ、大丈夫だった!よかった。鎧は残ってるぞ!ふう、では私はこれで合格ということだな」
鎧のかけらを剥がすと、満足げな表情を浮かべ、土煙の中へ消えていった。
ーペンネー
ジャングルの風が爆煙を運び去っていった。
爆撃の跡からはまだパチパチと火の粉が舞い上がっている。
試験開始からもうそろそろ1時間といったところ…。受験者たちの動きも活発になっているようだ。
クロロ「いろんなやつがいるもんだなあ…おい、コン太、オレらも行くぞ!」
クロロが立ち上がる。
コン太「わ、わかってる!だが、さっきの作戦は作戦とはいわないぞ!くっ…とは言え、何か妙案があるわけではないが…(落とし穴なんて今から掘れる気がしないし、爆弾だってもってないし…はっ!も、もしかしたら、さっきの爆発に巻き込まれたアルマジロウスが1匹や2匹いるんじゃないか?そしたら、しれっと鎧のかけらを拝借して…で、でもバレるかな、きっと…う~む、どうするどうする)」
ギリギリと歯軋りをする。
クロロ「ん?おいコン太、あっちにいるのってさ、さっきの…」
クロロがコン太の後方を指さした。コン太も振り返る。
コン太「あああ!あ、あの人は…!」
長い黒髪に黒のミニワンピース。そしてスラっとした8頭身のボディ。
先ほどモーリーに話しかけていた女性だ。
コン太の頭の中…
(た、確か、ペンネさんって、モーリーさんが言ってたな…まあ美女については一度名前を聞けば忘れないが…
切り株に足を組んで座っている!うひょー!ミニから伸びてる足が艶めかしい~!!!
って、いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない。
一体、何をしているんだろう…?
はっ、も、もしかして誰かの助けを待っているんじゃないか?
そりゃそうだ、あのか細い身体…武器も持ってなさそうだし、黒づくめのあいつとかモヒカン2人組みたいな芸当は困難だろうし…きっと動こうにも怖くて動けないんだ…。
まだ無事のようだが、この状況、いつアルマジロウスに襲われるかわからないぞ。
ど、どうする?助けに行けば『コン太さん!ありがとう!かっこいい!』となるのは必至!あわよくば夜のジャングルで…ムフフ…
だ、だが助けにいくってどうやって?彼女のところに向かう途中でアルマジロウスに襲われたら?…そ、そうなったらクロロに犠牲になってもらうしか…でもピンチに駆けつけるってのがやっぱりかっこいいよな~。アメコミのヒーローみたいだし。だがピンチな状況になったらなったで、どう対処するか…。う~ん、まいったな、なかなか妙案が浮かばない!美女のピンチにどうかっこよく駆けつけられるか…う~む、ぶつぶつ)
クロロ「おい、コン太、どうした?気持ち悪い顔でピンチピンチって唸って…小便でも漏れそうなのか?」
クロロが怪訝そうな顔で言った。
コン太「ばっ!な、何を失礼な!」
顔を真っ赤にして叫ぶ。
クロロ「それよりもあいつをみてみろよ。おまえが小便我慢してる間に…あっちのほうが相当ピンチだと思うぜ…!」
コン太「えっ?」
コン太が顔を上げた。
視線の先…足を組んで腰掛けているペンネの元に、アルマジロウスが突進している。
が、1匹ではない!
あらゆる方向から複数のアルマジロウスが彼女へ向かって、一直線に迫ってきている!
その数12匹!逃げ場も何もない状況だ!
コン太「なな、なんで!?なんであんなことになってんの!!!?ここまでピンチに陥らなくてもいいよ!!!」
飛び出しそうに目を見開き、叫ぶ!
クロロ「くそっ!間に合わねえかもしれないが…!おい、コン太!助けにいくぞ!」
コン太「ちょ、ちょっと待て!あんな大群無茶だ!ピンチの度合いが違うぞ!ど、どうにかあの大群の注意を引く方法はないのか、まずは考えてから…」
クロロがコン太の襟首を引っ張る。
クロロ「向かいながら考える!」
コン太「ちょ、ちょっと待て!」
コン太がクロロの手を振りほどく。
クロロ「な、何してんだ!ほら、早くしねえと…!」
コン太「ち、違う!なんか様子が変だぞ!見ろ!」
ペンネは、迫り来るアルマジロウスたちをを気だるそうに見つめると、組んだ足をほどき、ゆっくりと立ち上がった…!