ー 2 ー レコードショップ「ストロベリー・フィールズ」
ー モーリー ー
…レコードショップ「ストロベリー・フィールズ」の店内…
ミシっと木の床が音を立てる。お香の香りがツンと鼻をくすぐる。
こじんまりとした店内には、木製の什器が置かれ、古いレコードがぎゅうぎゅうに並べられていた。
什器と什器の間が通路になっているが、大人がようやく一人通れるくらいの広さだ。
天井の隅に取り付けられたスピーカーからは、古い時代のロック・ミュージックが絶え間なく流れている。
クロロ「う〜、シャンシャンうるせえな…虫の合唱よりものすげえぞ」
耳を押さえながら通路を奥に進んでいくと、壁際に長机があり、客が3〜4人、群がっていた。
長机の上には、段ボール箱やスーパーマーケットで見るようなレジカゴが置かれ、
レコードやCD、雑誌やアクセサリー、フィギュアなどが無造作に詰められていた。
客A「お、おい、すげえな見ろよ。うそだろ、これ。現地のオリジナル版じゃないか」
客B「言ったろ。この店はマジですげえんだって。めっちゃレア物多いだろ。これがまた、信じられんけど、毎週新しい商品が入荷されてんだぜ」
客A「毎週?全世界からどうやって買い付けてんだ?どうやっても不可能じゃん。
ってか、ちょっと本気で、金下ろしてきてこの段ボールごと買おうかな」
客B「この店、拡散すんなよ。すぐに全国から客が殺到するぞ」
客A「わかってる、わかってる!っておい!これ!このフィギュアも…!」
クロロにはさっぱりわからなかったが、どうやら結構な品揃えの店らしい。
しかし…。
クロロ「…なんだかやっぱり試験会場っぽくないぞ…もしかして間違えた?でもレノンの手紙には確かに…(ごそごそ)
ああっ!しまった!手紙、さっき破られたんだった…あ、あの赤髪め〜」
クロロが地団駄を踏んでいると…
***「お客様、何かお探しですか?」
クロロ「!」
声をかけられ、振り返った。
マッシュルームのような髪型、黒縁の丸メガネをかけた、30台半ばくらいに見える男性がニコニコと微笑んでいた。
黒いTシャツに、店のロゴが入った緑色のエプロンをつけている。店員だろう。
***「このお店はどちらかというと、レトロな嗜好ですからね、お客様のような若い方は珍しい」
クロロ「おあ、え、えっと」
***「うんうん、わかりますよ!最後までしゃべらなくても結構!
ドアをオープンにしているとは言え、やっぱりちょっと入るのに勇気がいる種類の店ですからね。しかもこういった店が初めてとなると、店員に話しかけられると余計に緊張しますよね。
私もそうでした。
もう30年近くも前になりますか。初めて入ったレコード・ショップは、とにかく店員が無愛想で。一見は帰れ!みたいな雰囲気を身体中から発していて、入って30秒で店を後にした記憶があります。やっぱり、ああいうのは良くない。
もしかしたら運命のレコードとの出会いが待っていたかもしれないのに、店員にビビって尻尾を巻いて逃げ帰ってきてしまった。悔しさと惜しさと自己嫌悪で、少し泣きました。
私は、自分が店を持つ時は、誰にでもオープンでフレンドリーな店長になろうと、そう決めたのです。店も人も第一印象は大事!フレンドリーに門戸を開いておけば、人との繋がりは必ず増える!そうして、また一人、この古き良き音楽の虜になってもらえるのです!そう信じているのです!」
クロロ「あ、あはは…」
***「あ、申し遅れましたが、私、モーリーと言います。この店のオーナーをやっています。以後、お見知り置きを」
ぺこりと頭を下げた。
な、なんなんだ、これは。
全部の客に毎回こんなことをやっているのだろうか…。
クロロ「あ、ど、どうも。オレはクロロと言って…」
モーリー「クロロさん!よろしくお願いしますね。
ウェルカムトゥマイショップ!歓迎の証です。
まずはこれを聴いてもらいたい!少しお待ちを。この一枚で世界が目覚めます!」
モーリーは回れ右をし、いそいそとレコードを探し始めた。
クロロ「ちょ、ちょっと待って!」
モーリー「大丈夫ですよ!レコードプレーヤーでしょう?持ってなくてもノープロブレム!この店ではもちろん、プレーヤーも買えますよ。扱いやすくて良い品があるんです。操作は追って、レクチャーさしあげます」
クロロ「い、いや違うんだ!こ、これを見てくれ!」
クロロはようやくぴー助のヒゲを取り出すことができた。
次の言葉を発せられる前に、モーリーの眼前に突きつける!
モーリー「これは!!!」
モーリーのメガネがきらりと光る。フレームの奥にある瞳の雰囲気が、明らかに変わった。
モーリー「…ふむ、確かに確かに」
声のトーンがぐっと下がる。
「間違いなくビッグフットキャットのヒゲですね。試験を受けにきたとは。…もう、クロロさん、先に言ってくださいよ」
クロロ「…あ、あはは(苦笑い)」
モーリー「しかし…また、あなたのような少年が…」
クロロ「…ま、また?」
モーリー「…いえ。では、会場にご案内しましょう。こちらです」
通路を進み、入り口の方へ戻る。
入ってきた時には気付かなかったが、入り口の木製ドアと並んで、白いドアが取り付けてあった。
つまり、道路側に向かって、ドアが二つ。
白い方のドアには『非常口/exit』と書かれた紙が貼ってある。
モーリー「ここです」
モーリーが徐に白いドアを開けた。
ー不思議な空間ー
ドアを開けた先は、小さなホールくらいの空間だった。
壁も天井も床も真っ白。
反対側の壁には同じような白いドアが取り付けてある。
すでに数十人ほどの受験者がいて、一斉にクロロの方をジロリと睨んだ。
クロロ「…す、すげえ!…で、でも」
−−− この空間は一体なんだ?
クロロ「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
モーリー「? トイレですか?どうぞどうぞ。レジの隣にありますから」
クロロはホールを飛び出ると、すぐ横の入り口ドアから外に出た。
店の前は歩道になっており、ガードレールの向こう側には車道が広がっていた。
ぶおーんと小気味良い音を立てて、軽自動車が一台通り過ぎて行く。
先ほどの「非常口ドア」の前には、オリーブの木が植えられ、客のものと思われる自転車が停めてあった。
あんなホールがあるわけがない!
クロロは駆け足で店内に戻った!
モーリー「…試験の集合時間は特に設定していないのですが、人数的には集まってますからね。
お店の引き継ぎをして、そろそろ始めようと思うのですが・・・」
クロロ「…そ、そうだね。ごめんごめん!はは…」
…クロロはいつかレノンが話をしていた「不思議な力」を思い出していた。
(すごい!すごいぞ!確かに!確かにここは!組織の入り口なんだ!)
クロロは力強く、再びホールの中に足を踏み入れた!
ー試験会場ー
会場の中にいるのは、見る限り、屈強な男たちばかりだった!
それも少し柄の悪そうな…
(ガヤガヤ)
受験者A「おいおい、またきたぜ、やっぱりあいつも受験者か。待ちくたびれたぜ。もういいだろう、はやくはじめろよ!」
受験者B「ほんとだぜ、はやく来て損したな」
受験者C「それにしても、またガキがきやがって。どうなってんだ…」
クロロ「!」
(またガキが…って。そういえば、モーリーも言ってたな!オレと同じ歳くらいの受験者がいるってことか?どれどれ)
クロロは、額に手を添え会場を見渡した。
クロロ「…あっ!いた!」
(田舎の山奥育ちのクロロはめちゃくちゃ目が良い)
会場の隅っこで小さくなっている少年を発見した。
金色のふわふわした髪、青い目にそばかす。紺色の空手着のようなものを着ている。
クロロは少年に駆け寄った!
クロロ「よう!おまえも試験を受けにきたんだろ?」
***「う、うわっ!びっくりした!な、なんだなんだ!?」
クロロ「オレ、クロロ!よろしくな!」
***「あ、ああ…」
クロロ「ん?なんだよ、名前なんていうんだ?」
***「…え?え〜と」
クロロ「なにっ?なに?」
***「…お、おまえに言う必要ある…?」
ふと、道着をみると『コン太』と刺繍がしてあった。
クロロ「…コン太?」
*** (ぎくっ!)
クロロ「コン太?そうかそうか!名前はコン太っていうんだな!ぶははは!なんだ、見た目と合わねえ名前だな!」
コン太「う、うるさい!初対面で失礼だろ!だから言いたくなかったんだよ!」
クロロ「わるいわるい!コン太、ってんだな!よろしくな!
いやあ、同じくらいの歳のヤツがいて良かった良かった!」
そう言って、コン太の肩をバシバシと叩く。
コン太「いてっ!いてっ!」
クロロ「それにしてもよ、この会場にいるのってさ、柄の悪そうなヤツが多いよな」
コン太「…多分、金や待遇なんじゃないの。
ベールに包まれてる内容が多いけど、組織の案件には、宝探しだったり、王族と懇意になれたり…
そんな噂をよく耳にするからな。
つまり、即物的で不純な動機の人間が多いと思うよ。(ってかこいつも十分柄が悪い…)。」
クロロ「へえ〜…
(確かに…いつかレノンにいちゃんも「火山で宝探し」って話をしてくれたっけな、そういえば。帰ってきたときのお土産も大量だったし、それだけ儲かってたんか…すげえなあ)」
コン太「…おまえはなんでこの試験に?」
クロロ「おう!オレの村の兄貴分がさ、この組織に入ってるんだ!憧れのにいちゃんでさ!
オレも組織に入って、誰もしたことがないような大冒険をするんだ!へへ…オレの夢さ!」
コン太「…ふ〜ん、あっそ。
(だ、大冒険って…ガキくさいな。それに、ど田舎村の組織員か…。その話が本当だとしても下っ端の下っ端なんだろうなあ、きっと…)」
クロロ「おまえも試験に受かったらにいちゃんを紹介してやるよ!そんで、おまえはなんで組織に入ろうとしてんだ?」
コン太「えっ?ボクか?…別に、おまえに言う必要はない」
クロロ「おいおい、そんなこと言うなよ〜、先に聞いてきたくせに〜!唯一の同年代なんだろ〜ねえ!教えて教えて!」
コン太「こ、こらっ!きたない手でベトベトさわんなよ!ったく!
わかったわかったよ。
…ボクは人の役に立ちたいのさ。
つまり、ボクほど頭脳明晰、文武両道、容姿端麗な人間はなかなかいない。世のため人のためになることをしなければバチが当たると思っている。
組織も歓迎するだろう。迷宮入りしたような案件もどんどん解決できるはずさ。古代の財宝や歴史的発見、紛争の解決などなど。
すぐに幹部への打診があるだろうが、断る。
出来すぎる人が組織にいるのも一方では問題なのさ。皆の仕事を奪うことになるし、後輩が育たなくなってしまう。
それに、いつまでも身の危険があるような組織に在籍しているわけにはいかない。
多額の報奨金をもらって勇退した後は、富豪の仲間入りをして、ゆったり過ごす。でもゴロゴロしているわけじゃない。組織で培った経験から、世の女性たちの悩みや相談事を解決し、ご褒美をもらって…ムフフ…」
クロロ「なんだ、もったいぶったわりに、結局は不純のカタマリみたいなやつじゃねえか」
コン太「なっ!し、失礼なっ!人の役に立とうとしてるんだぞ!少しくらいご褒美があってもバチは当たらないだろう!
おまえのガキみたいな夢よりよっぽど現実的じゃないか!」
クロロ「わはは!!!不純と言われて怒ったなー!」
受験者D「おいっ!!! っうるっせえぞ!クソガキどもが!」
クロロ「!!」 コン太(ビクッ!)
受験者E「そうだそうだ!あっちのガキみたく静かにしねえか」
クロロ「え!あっちのガキ?」
入ってきたドアの方をみると、ドア影にクロロたちと同じくらいの年齢の少年が!
尖った黒髪、冷たい切長の目。黒づくめの格好で腕を組んでいる。
クロロ「あっ!あそこにもいたのか!ドア開けたところにいるから、気付かなかったぜ!」
コン太「そういえば…ボクより前にいたような…」
クロロ「よしっ!ちょっくら挨拶してくるわ!(ダダダ)」
コン太「お、おいっ!まじかよ!」
「ようっ!」と、クロロが声をかけようとした瞬間、入り口のドアが突然開き、クロロが衝突!
クロロ「いてて…」
黒づくめの少年「…ふん」
モーリー「おや?失礼!大丈夫でしたか?
へほん、では。まあ集まった人数としては十分だと思いますので、
ここらで締め切ります。
今、この会場にいる方たちが受験の権利を得た方ということになります!ではでは、さっそく試験の説明をしましょう」
ー試験ー
(ガヤガヤ)
(クロロはコン太がいるところに戻った)
モーリー「みなさんは今日、試験を受ける証としてビッグフットキャットのヒゲをお持ちいただいたと思います。
試験も同様に、ある生物からあるアイテムを手に入れていただきます」
受験者F「ある生物?あるアイテム?なんだ?」
モーリー「え〜、試験は3つ。最初の生物は『アルマジロウス』の鎧のカケラです。
残りの2つは…第1試験の合格者にお伝えしますね」
クロロ「アルマ…?コン太、なんて言ったかわかるか?」
コン太「…アルマジロウス…。なんか聞いたことがあるな。ちょっと調べるか…(ゴソゴソ)」
コン太は、スマートフォンの電子百科WEBを開き検索した。
コン太「え〜と…トウニ地方で…ジュラ紀に生息していた生物だって?恐竜時代の生物か、図鑑で見たことがある!」
スマートフォンの画面には、アンキロサウルスとアルマジロが融合して巨大化したような生物のイラストが映っていた。鎧のような尖った鱗に覆われおり、丸っこいドラゴンのようにも見える。
(ざわざわざわ)
モーリー「その通り!
みなさんには今からトウニ地方に行ってもらい、アルマジロウスの鎧のカケラを手に入れる試験を受けてもらいます」
クロロ「うっほー!早速試験だな、コン太!…ってあれどうした?」
コン太「…クロロ、おまえにはドン引きだよ。勉強できなさそうだから知らないかもしれないけど…トウニ地方の多くは未開の地、それもここからしたら地球の裏側!そもそも簡単に行ける場所じゃない!
しかも、まさか化石の発掘とは…」
クロロ「化石?アルマ…なんとかと戦うんじゃないんか?」
コン太「おいおい、アルマジロウスはジュラ紀の生物だ。恐竜時代だぞ?
そんなものがこの世にいるか!シーラカンスじゃあるまいし。
この試験は化石を発掘するってことだろ。まあ、それはともかくとして…」
コン太の頭の中(くっ!ゆ、油断した!
まさか地球の裏側で化石の発掘とは!発掘スキルなんて全くないぜ〜!
そしてトウニ地方なんて…ボクが今から行くとなると、パスポートにビザ、交通手段、様々な手配が必要だ!
こうなると、その筋に顔が効く者が有利!先に試験を始められる!
そうか、裏組織である以上、顔が効くことは条件の1つ!この試験、合格者は何人だ?
普通に考えると青天井じゃなくて定員が決まっているだろう、するとやはりボクは不利!
ど、どうするか?あ、ああ豪遊、大金、女の子にモテる夢があああ!)
クロロ「おーい、コン太?」
コン太「ぶつぶつ…うるさい!考えさせてくれよ!」
モーリー「こらこら、そこ、喧嘩はしないで(汗)
へほん、では、説明に戻りますが…トウニ地方、みなさんご存知の通り地球の裏側です。
いきなり行けと言われても行ける場所じゃないですよね」
コン太(そりゃそうだ!ああ!どうする?どうする?)
クロロ(地球の裏側かぁ…。は、走ってはいけないよなあ、きっと)
モーリー「でも心配はいらないです」
クロロ・コン太「…え?」
徐にモーリーはエプロンのポケットから何かを取り出した。
携帯型の、白いデジタル音楽プレイヤー。
かなりの年代物だ。
モーリー「えっと、トウニ地方は…と。ここか。位置は…何秒だったかな。」
スクロールホイールやボタンを操作しながら呟く。
そして、ある曲名のある再生位置で、手を止めた!
モーリー「…お待たせしました」
カチャ…
鍵が外れる音…
受験者は一斉に音の方を向く。
音は、入ってきたドアと反対方向ある、もう1つのドアから聞こえたようだ。
モーリー「さあ、みなさん、準備はいいですか?外に出たらすぐに、試験が始まります」
ドアがゆっくりと開く…
一同「え?」「ま、まさか!?」
コン太「う、うそだろ…?そんな…!」
生暖かい風に乗り、強烈な木々と土の匂いが吹き込んできた!
ギャアギャア、キキキキキ…動物や虫の鳴き声も聞こえる
クロロ(や、やっぱりだ!このホール…!不思議な力の空間なんだ!)
ドアの向こう…
そこには底果てないジャングルが広がっていた!