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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第六章

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04


 北の棟は大きく立派だが、日当たりが悪く湿った冷たい空気が滞留している。

 普段は倉庫代わりに使われている北の棟の最上階の最奥に、父上はいた。

 なかなか面会の許可が降りなかったが、ようやく直接会うことができた。


「……すまないね」


 俺が部屋に訪ねると、そう言って少し申し訳なさそうに笑った。

 案外元気そうで内心ほっとする。


「一応聞きます。誰の指示だったんですか?」

「…………」


 父上は俺の顔をじっと見たまま、何も答えない。

 宰相が父上は何も話さないと言っていたから、俺が聞いても話さないだろうと予想していたが、その通りだった。

 俺なりに調べてみても思ったような成果が得られず、縋る思いで面会に来たのに。


「このままだと、一家離散の可能性もあるのですよ」


 父上は何も言わず、ただ苦しそうな表情をした。


「……もしかして、秘密を話せない魔術を掛けられているんですか?」



 俺が眉根を寄せて問いかければ、父上は褒めるかのように微笑んだ。

 単純に王家の者が手引きしているから、王家への忠誠心の高い父上が口を割らないのではと思っていたが、こうなると別の可能性も――――


「これ以上いても無駄そうなので、仕事に戻ります」

「リック」


 踵を返した俺を父上が呼び止めた。

 振り返って視線を送ると、自分の顎を撫でながら視線を合わせてくる。


「…………」

「…………」


 何か言うのかと思ったが、無精ひげが生えた顎を無言で撫でながらこちらを見てくるばかり。

 俺が怪訝な顔を向けると、一度だけ長く伸びたあごひげを撫でるような仕草をした。

 そこまであごひげは伸びていないのに。


「そういえば、妻のドレスをそろそろ陰干ししてやらないといけないな……手入れは欠かせないといつも言っていたからね。サボるとあちらにいったとき、私が怒られてしまう」

「……本邸の者に伝えておきます」

「そうだ。セレナちゃんが使えそうなドレスがあれば持って行ってもいいよ。今のうちに。没収されてしまうかもしれないけど。中には価値のあるドレスもたくさんあるはずだ」


 どこか遠くを見ながら言う父上に、すでに覚悟が決まっているのだろうかと思った。



 その日、夜遅くなってしまったが、城から本邸に直行した。

 あごひげを生やし、好々爺のような風貌の家令、テイメンが出迎える。


「おかえりなさいませ、旦那様」

「話がある。ヘラルドも呼んでくれ」

「畏まりました」


 家令に呼ばれたヘラルドが部屋に入ると、すぐに消音魔術を掛けた。


「――というわけで、父上からは何も聞けなかった」


 使用人にはどういう理由で父上が帰ってこなくなったのか説明していないが、テイメンだけは拘束されたことを知っている。


「テイメン。何か、思い当たるようなことはないか?」

「……さて。皆目見当もつきませんで、困りましたな」


 俺やヘラルドだけでなく、父上が生まれる前から勤め、この屋敷のことなら当主よりも詳しいと言われるテイメンも、さすがに困り顔だった。

 何か思い当たることがあっただろうかと、あごひげを撫でながら考え込んでいる。

 この仕草、何かを考えるときのテイメンの癖だ。

 父上はテイメンが何か知っていると伝えようとしたのだと思ったが、ピンと来ていないようだった。


「そういえば父上が、母上のドレスをそろそろ陰干ししなければいけないと話していた」

「陰干しでございますか。大旦那様が呼び出された前日に済ませたばかりでございましたが。そのときは、『次は秋になったら』と……」

「あぁ。確かに北の庭一面に母上のドレスが干してあったな」


 困惑気味のテイメンの言葉を受け、ヘラルドも父が拘束された前日のことを思い出すように言った。


「陰干ししたばかりなのに陰干ししなければと言ったのは……」


 父上のことだから、何か意味があるのか?

 しかし、母上のドレスに真犯人に繋がる何かや父上の無実を証明する何かがあるとは思えないが……。


「ドレスに何かヒントを隠したのでしょうか?」


 真剣な顔をしてヘラルドが思案している。


「拘束されることを予期していたというのか?」

「父上のことですから。直接的ではなく、また別の何かを指し示しているようにも思えますが。考えてみてもヒントが少なすぎてわからないですね」

「…………」

「では、明日ドレスに何か細工がされていないか私がお調べいたします」


 俺もヘラルドも揃って口を結ぶと、テイメンがまとめた。



 別邸に戻り、廊下に飾られた写画を見ていると、昔撮った家族写画が目にとまる。

 父上がセレナに自分のお気に入りの一枚を贈ると言っていたが、それが届いたのだろう。

 鷹揚に微笑む父上と美しく着飾った母上、まだ落ち着きのなさが隠し切れていないヘラルド。幸せそうな三人に対して、俺の表情には何の感情も浮かんでいない。

 寄宿学校に入る直前に撮った写画だが、父上はなぜこの写画がお気に入りなのだろうか。

 このとき、何かそんなに思い出に残ることでもあっただろうかと、写画の端に付いた印に触れながら撮影時の動きを見る。

 父上と母上は、顔は笑顔のままで何かを言い合っているような様子だった。

 どうしてこんな少し喧嘩気味の写画を……と思って眺めていると、「おかえりなさい」と声が掛けられた。

 耳に優しく響くその声は、ぎゅっと力んでいた心を解してくれるようだ。


「ただいま、セレナ」


 振り返ると微笑むセレナが立っているので、抱き寄せて口付けする。


「遅かったですね」

「ちょっと、本邸に寄っていたんだ。セレナこそ、もう夜中なのに眠れない?」

「馬車が戻ってきたような音が聞こえたので」

「もしかして、待っていてくれたの?」


 セレナは何も言わずに、ただにこりと微笑んだ。

 父上が拘束されたことを先日話したばかりだし、セレナにも心配を掛けているのだろう。


「――写画を見ていたのですね。やっぱり懐かしいですか?」

「懐かしいのは確かだけど、セレナはこの写画の動きは見た?」


 印に触れ、動かしながらセレナに問い掛けると、セレナは頷いた。


「父はどうしてこれがお気に入りなんだろうなと考えていたんだ。もっと母の機嫌がいい日の写画もあるはずなのに」

「多分ですけど、こういう些細な喧嘩が懐かしく愛おしい記憶として残っているのではないでしょうか。そのときにはあまりいい出来事ではないと思っていても、時間が経つと懐かしさと温かさを感じる思い出に変わることもありますから」

「そういうものだろうか」

「夫婦のあり方は様々ですし、お義父様はお義母様とまたこうして口喧嘩をしたいと思っているのかもしれませんね」


 セレナの言葉を聞き、今日の父上のどこか諦めたような顔を思い出した。

(まさか、早く母上の側に逝きたいと考えているのでは……)

 いや、そこまで弱っている様子ではなかった。

 仮に、父上の願いがそうだとしても、俺が諦めるわけにはいかない。


(……そういえば、これが送られてきたのは、父上が拘束されてからだったな)

 そう思って何かヒントがないかと調べてみたが、それらしいものは何もなかった。


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