03
「すまない……最悪の場合は、私が責任を持ってベルトランは王女の命を救った英雄だと民衆に広める」
宰相が、俺に向かって頭を下げた。
二十年も前の話では、真実に辿り着くのは容易ではない。
だから友人として、美談のような筋書きを用意したのだろう。
友人の命を取るか、王家への忠誠心を取るかという問題はあるものの、傀儡になっていた陛下のことをぼかして流布させることは簡単だ。
父上がその昔、王女の命を救った英雄だと話が広まれば、時世を考えると民から讃えられるだろう。減刑を嘆願する声もあがるはず。
通常、反逆罪は極刑を免れないが、国民からの嘆願が多ければ減刑される場合もある。
「あまり時間はないが、真相を解明したい」
宰相の真剣な様子から、本当に父上の無実を証明したいのだと伝わってくる。
だから宰相たちが集まっていて、俺が呼び出されたのだろう。
「内容が内容だけにすぐに刑が執行されることもないし、ベルトランが拘束されているのも極秘情報になっている。多少だが、時間に猶予はある。なんとしてでも覆す情報が欲しい。できるな?」
「当然です」
「それと、これは業務の話になるが、生きているとわかった王女を片田舎に置いておくことはできない。準備が出来次第迎えに行ってくれ」
「は?俺がですか?」
実の父が捕まったばかりだというのに、容赦なく仕事もさせようとする宰相に驚く。
思わず一人称の使い分けを忘れてしまった。
「そうだ。まぁ、まだ王女の存在はごく一部の者以外には明かせないから、おおっぴらに準備もできない。迎えに行くにももうしばらく掛かる。準備ができたらまた声を掛ける。それよりもまずはベルトランの当時の動きなどを調べるのが先だ。だが、王女を迎えに行く計画書も提出しろ」
父上の無実を証明するために動きつつ、王女も迎えに行く準備もしろと言うのか。
ロイという子供についても調べなければならないのに。
仕事と言われたらやるしかないが……。
「二点確認してもいいですか?」
「何だ?」
「どうしていまさら王女が生きていたとわかったのですか?」
「投書があったのだ。『王女は生きている』と」
「投書……」
「差出人は不明だ」
それはそうだろう。
差出人が判明していれば、誰が王女を逃がす手引きをしたのか、そこから辿れるはずだ。
「最初の投書は悪戯として処理された。だが、数日後には『第二王子の片割れ。忌み子として処理されたはずの第二王女は生きている』と詳しく書かれた投書があった。これも差出人は不明だが、先の投書と同一人物であろう」
「では、ヤンセン男爵令嬢が王女であるという信ぴょう性は?」
王女が生きていたとして、その生き延びた王女とヤンセン男爵令嬢とを結びつける確たる情報がない。
貴族で二十歳になる女性の養子はヤンセン男爵令嬢だけではないはず。
「それも投書だ。その点に関してはどの程度信用できるのかを確認中だが……恐らく正しい情報だろう」
初めの投書からさらに数日後。
同じ筆跡でヤンセン男爵令嬢へと繋がるヒントが書かれた投書があったそうだ。
「その投書の内容だと、このまま王女を生かしておいていいのか。殺すべきだ。と訴えているようにも取れますね」
古代の伝承を信仰の対象としている宗教があっただろうか……。
あったとして、そんな輩がどこからこんな情報を得たのかも大問題だが。
「確かに。王家の秘密の密告と取ることもできるがな。王女の命が狙われている可能性がある以上、王女であることが確定次第、すぐに保護しなければならない。同時進行になるが、頼んだぞ」
(はぁ……どうしてこう厄介なことというのは一気に来るんだ……)
宰相の執務室から出ると、勝手にため息が出た。
周囲を見渡し、人がいないことを確認する。
「マルセロ」
小さく名を呼ぶと、何もなかったはずの物陰から王宮魔術師のローブを纏ったマルセロが出てくる。
諜報が得意だった我が一族に――、いや、正しくは我が一族に仕える影の一族に伝えられている魔術を使っているのだ。
今日は元々ロイという子供について調べるためにマルセロを同行させていたが、こんなことになるとは。
今は一分一秒無駄にできないから、結果的には良かったと言えよう。
「聞いていたか?」
「はい」
「当時、関わった人物を全て洗い出してくれ。両陛下やその関係者も残らず全てだ。それと念のため、古代の伝承を信仰している宗教や怪しい団体などがないか調べてくれ。あの子供のことも、並行して。必要なら別の任務にあたっている者を呼び戻していい」
「御意。一族をあげて全力で対処いたします」
マルセロの首から提げられた魔石が鈍く光ると、マルセロはまた闇の中に消えていった。
……二十年も前の真相が解明できるだろうか。
そもそも、目的がわからない。
何か思惑があって王女を逃した者がいたとして、王位継承権を持たない女性王族を担ぎ上げたところで大きな変革は起こせないだろう。
だが、公にはなっていない王女の誕生を知っていることから、当時関わった者、またはその関係者であることは間違いない。
そして、今も王女が無事に生きていることを確認できていた人物。
となれば地位のある高官だろうか。
断片的に何かわかったとしても、二十年前の真相に辿り着くことは難しそうだ。
指示をしたのが当時の高官であれば、すでに亡くなっている可能性もある。
指示者が亡くなり、命令を受けていた者が背負いきれなくなって密告した可能性も。
調べたところで悪役にする者が他にいなければ、このまま父上が悪役をやらされる可能性は残ったまま。
父上が反逆罪で正式に問われた場合、宰相の計算通りなんとか処刑は免れたとしても、王家の体面を保つために爵位を剥奪される可能性は多いにある。
そうなると……。
(……何も持たない平民に落ちた男といるより、貧しくても貴族であるヘーゲル子爵家で暮らしたほうがましだろうな。俺に、セレナを手放すことができるのだろうか……)
その後、王女を迎えに行くための計画書の素案を作成し、宰相の元へ持って行こうとしたときに、ロイの祖父がやってきた。
噂を流して話を大きくしようとする様子に強い怒りを感じた。
鬱陶しさに、その場で抑えつけてしまいそうになったくらいだ。
帰宅が少し遅くなり、もう寝てしまったと思ったセレナが起きていたことで少し気持ちが緩む。
そして、やっぱり俺はセレナを手放すことなんてできそうにないと感じた。
手放すことができないのだから、苦労は掛けられない。
詳細も何もわかっていない状態でセレナには言えないが、幼いころに目から鱗の考え方を示してくれたセレナなら、きっと『別れたくないなら別れないためにもがいて必死になればいい』と諭されそうだと想像する。
そうだ。なんとしても父上の無実を証明して、変わらぬ生活を維持しなければならない。
その後、セレナの包容力にあっさり弱音を吐くことになってしまったが……。
俺の予想とは違ったが、セレナの強さを見せられ、絶対に乗り越えてみせると決意を新たにした。
手放して幸せを願うなんて高潔な愛は俺には似合わない。




