02
事の始まりは、ロイが俺たちの前に現れた翌日。
俺は宰相補佐官としての仕事を後回しにしても、ロイの素性を調べるつもりだった。
しかし、登城した途端、宰相に呼び出された。
こういうときは緊急の案件があるときだ。
また面倒事が起きたのか……と、ため息を吐きながら宰相の執務室に入る。
「失礼します」
「来たか」
室内には、いつもに増していかめしい顔をした宰相と数名の高官だけがいた。
護衛が室内に誰もいないことから、内密に動かなければいけないような面倒事が起こったのだとわかる。
俺が視線で要件を促すと、宰相は「単刀直入に言う」と前置きし、言った。
「今朝、ベルトランが拘束された」
一瞬、何の冗談だと思った。
しかし、この高官ばかりの顔ぶれとその深刻な様子から、わざわざ呼び出してまで冗談を言っているとは思えない。
本邸から何も連絡がなかったが、今朝ということは登城と入れ違いになったか。
「……罪状は?」
「反逆罪だ。もちろん、こじつけだ」
「でしょうね。父が反逆罪など」
父上は息子の俺から見ても愛妻家だった。
闘病中の母上の命が今日明日にも尽きそうなとき、側にいたいと願いながらも、王族からの要請に従い、数日家を空けた。
そして、死に目に会えなかった。それを今でも後悔している。
けれど、無理を言ってきた王族のせいだと恨むことのないほど、国や王族への忠誠心も持っている。
そんな父上が反逆など、あり得ない。
改めて部屋の中の顔ぶれをよくよく見てみると、その全員が古くから交流のある父上の友人ばかりだった。宰相もその一人。
宰相は、父上のことを『前ハーディング侯爵』や『前魔術師団長』という言い方をせず、『ベルトラン』と名前で言っていた。
友人として私的に集まっていることを示しているのだろう。
それにしても、元魔術師団長という立場の者を拘束するというのは余程のこと。
他国にも名が知れている高い地位に就いていた者を罪に問うと、世間を賑わすだけで済まない。
周辺諸国との信用関係にも影響する。
しかも、反逆罪。
今の時代、それを許してしまった王家の威信にも関わる。国王の統制力や統率力の低下を示唆することになる。
たとえそのような罪を犯していたとしても、別の理由を付けて償わせることがほとんどだ。
……王族の誰かが、悪意を持った誰かに唆されたか?
だが、隠棲したのも同然の父上をいまさら引きずり下ろしたり、何かをなすりつけたりしたところであまり意味はないはずだが。
「そもそも、なぜそんなことに?」
「ヤンセン男爵には娘が一人いるが、その娘が養子だと知っているか?」
「いえ。そこまでは」
宰相の話が急に飛んだことに眉根を寄せてしまう。
俺の様子に構うことなく、宰相は話を飛ばしていく。
「王家では双子が生まれると凶報だと信じられ、双子が生まれたらどちらか一人しか生かしていけない……という伝承があるのは知っているな」
「はい。しかし、今では根拠の乏しい迷信であると認識されているかと」
王家では本当に凶報だと信じられていた時代もあった。それは伝承さえもお伽噺に聞こえるほどの大昔の話だ。
数代前には双子の王子が生まれたが、二人とも立派に育ったという記録が残っている。当然、凶報と言われるようなことは何も起こっていない。
「その通りだ。だが先王が晩年、呪術師に傾倒していただろう」
一代前の王は、現王の祖父にあたるが、体が丈夫で長寿だった。最長在位を記録したほどだ。
しかし、晩年にさしかかると著しく判断能力が低下した行動が増え、存命中に現王が王位を継承した。
ただ、先王は長い間君臨し続けた影響で、王位を退いても力を持っていた。退位したことも忘れて王として振る舞うこともあったそうだ。
その上、いつのころか呪術師に傾倒し、呪術師の発言を信じてそれを政治に反映させようとし始めた。
すでに王位を退いていることを理由に跳ね除けられる強い新王なら良かった。
残念ながら、そうではなかった。
優秀な王太子だった兄が落馬事故で寝たきりになり、突然転がり込んできた王位。
王になる自覚も、覚悟も、持っていなかった現王は、先王に大いに振り回された。
高官らが上手く立ち回ったため、一部にしか知られていないが、先王が崩御するまでの数年、混乱をきたしたらしい。
「その先王が傾倒した呪術師が、双子は災いの元だと言いだした。そして、陛下は従った」
気が遠くなるような何代も前の話を持ち出して、『双子をそのまま育てた時代には飢饉が起こっている。だから双子の片割れは殺さなければ、民が飢えて苦しむことになる』と。
それを信じた先王は、王妃が双子を妊娠中だった現王に指示した。
それから間もなく王妃が、第三子と第四子を出産。
生まれたのは第三子の第二王子と第四子の第二王女。
そうなれば、どちらを残すかは明白。
法務部の役人が、女児であった第四子の命を絶った――――はずだった。
最近になり、命を絶ったはずの王女が生きていることが判明した。
それが、ヤンセン男爵の養子である令嬢だという。
「それと、父の反逆罪に何の関係が?」
「当時、王女を弑すことに関わった法務部の役人が全員、『王女が召されたことは間違いない』と証言している。魔道具を用いて偽証の確認をしたが、反応しなかった。嘘を吐いている自覚がないということだ」
それはつまり、全員の記憶が改ざんされているという証拠。本当に、第二王女が生きていたのだとすればの話だが。
「記憶の改ざん魔術を使用したのが父だと疑われているのですか」
「そうだ。問題を難しくしているのは、二十年前に生まれたのは第二王子殿下のみだと発表されていることだ。いまさら実は王女がいましたと発表するだけで済む話ではない」
宰相は、「双子を産んだが、王女は死産だったと発表されていないだけましたが……」と付け加えるように言った。
生きていることがわかれば迎え入れなければならないが、二十年も経ってから今まで存在していなかった王族をいきなり表に出すことはできない。
どうして今まで隠されていたのかという話になる。
かといって、王家の事情を知られるわけにもいかず、事実は言えない。
罪のない赤子の命を絶とうとしたのかと反発が生まれるのは必至。
今はそれなりに威厳のある国王になったが、継承直後は呪術師に操られた老人の傀儡となっていたことを、国民に知られるわけにもいかない。
誰か別の一人に罪を着せるのが簡単ということで、父上がその役に選ばれたというわけか。
国王の命令に背き、記憶の改ざん魔術を使い、王女を助けた故の反逆罪――反逆罪は、往々にして理不尽なものだ。筋書きとしては充分だろう。
「父はなんと?」
「黙秘している」
当時関わっていた法務部の役人が、全員記憶を改ざんされていることを考えると、父上が魔術を行使したのは間違いないだろう。
記憶の改ざん魔術は、元々ハーディング侯爵家が生み出した魔術だったこともあり、俺も幼いころから操るための訓練を受けてきた。父上は指先一つで簡単に操っているが、本来は最高難度の高等魔術だ。
少し使える程度の通常の魔術師なら、成功したとしても良くて数年。勝手に効きが薄まり、徐々に夢を見ていたかのように正しい記憶を思い出していく。
治療に用いる場合は、数年毎に重ねてかけるのが基本だ。
それほど難易度の高い魔術を複数人同時にかけるなんて。しかも、二十年経っても維持できるほど完璧に改ざんできる人間は、俺は一人しか知らない。
問題は、父上は誰の指示でそれをしたのかということ。
父上が生まれたばかりの王女を不憫に思って逃したなんてことはないはずだ。
当時は魔術師団長になったばかりだろうし、師団長とはいえ、普通なら王妃の出産に関わらない。
黙秘していることからも、誰かを庇っていると思われる。




