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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第五章

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01

 

 外出から戻ると、実家であるヘーゲル子爵家から手紙が届いていた。

 何かあるときは言付け程度だったのに、改まって手紙なんて珍しいなと思いながら開封する。

 封筒の中には便せんではなくカードが一枚だけ。

 お兄様の字で、『母様が帰ってきた。取り急ぎ連絡まで』と簡潔に書かれていた。


「え。お母様が……戻ってきた?」


 お父様の借金が発覚し、長年の貧乏暮らしに耐えてきたお母様は我慢の限界がきたのか、ある日突然子爵家を出て行ってしまった。

 家族仲は悪くないと思っていたので、突然出て行ってしまったことに戸惑った。

 私が気付かなかっただけで、夫婦仲が悪くなっていたのかもしれない。

 でも、私とお母様の間にわだかまりはないので、母娘としては普通に会ったり話したりできると思っていた。


 お母様は実家である男爵家に戻ったはずなので、何度か手紙を書いたし、会いにも行ったけどいつもいないと言われて会うことができず、手紙の返事も来なかった。

 お父様も『もういいんだ』と言うだけだし、お母様とはそれきりになっている。


 フェリクス様との結婚式の招待状は男爵家に届けた。

 まだ健在のお祖父様とお祖母様は来てくれたけど、お母様は私の結婚式にも来てくれなかった。

 まさか結婚式にも来てくれないなんて……と悲しかった。

 理由がわからず、悲しみを通り越して腹立たしく思ったこともあった。

 戸惑い、悲しみ、怒り。

 そうして感情が移り変わって行くにつれて、気持ちも落ち着いた。


 お母様はもう家族の縁を切ってしまったのだと思っていたのに。

 それなのに、どうしていきなり戻ってきたのか。


「トニア。実家に行きたいのだけど」

「畏まりました。お支度いたします」

「お願いね」


 支度を完了し、出かけるために部屋を出ようとしたとき、執事が私を呼びに来た。お母様が訪ねてきたと――――


 自分の母親に会うのに、妙に緊張しながら応接室のドアを開けると、室内を興味深げにきょろきょろ見ているお母様がいた。

 記憶にあるよりも痩せて、皺や白髪が増えたように思う。

 私が部屋に入ってきたことに気づいたお母様は、一瞬驚いたような顔をしてから、笑った。


「久しぶりね、セレナ。二年半振り、くらいかしら?」

「……お久しぶりです」

「やぁね。なんだか他人みたいに」


 正直、お母様とどういう心持ちで接したらいいのか迷っていた。

 ロイのように、出て行った母親が戻ってきたことを素直に喜べるほど幼くないし、純粋な気持ちではいられない。

 むしろ、自分の母親なのに何を考えているか理解できなくて、戸惑いのほうが大きい。


「戻ってきたって、お兄様から連絡がありました」

「あら、そう」

「……どうして――」

「そんなことより、侯爵家の別邸っていうからもっと立派なお屋敷に住んでいるのかと思ったら、うちとあまり変わらない大きさなのね。調度品はさすがだけれど」


 普通の母親なら、もう少し娘との再会を喜んだり懐かしんだりするものではないのだろうか。

 高そうな調度品を見ながら言うお母さまに、ある意味で変わっていないなと思った。


 お母様の実家も余裕のある貴族家ではなかった。むしろ、借金を抱える前の子爵家よりも気持ち貧しいくらいだった。

 だから、お父様が借金を抱えるまではなんとか貧しいながらも暮らしていた。ぎりぎり、私もお母様も働きに出なくても生活できていた。

 だけど、お母様はいつも贅沢に憧れていたような記憶がある。

 どこかの夜会に行った後は、調度品がどうこう、ドレスがどうこうと話していた。

 お母様が子爵家を出て行ったときはそれなりにショックだったのに、今はお母様を一人の人間として見ることができている。


 調度品を見ていたお母様が私を見て、視線がドレスへと移った。


「派手ではないけれど手の込んだ高級品ね。セレナに似合っているわ。毎日そんなドレスを着せてもらえているの?」

「……ええ」

「おねだりしているの?」


 探るような視線を向けてくるお母様に、微かに不快感を覚える。

 お母様はいきなり訪ねてきて何を考えているのかと思っていたけど、私の中で一つの可能性が浮かんだ。


「いいえ」

「まったくおねだりしていないの?」

「はい」

「そう、買い与えてくださっているのね。羨ましいわ。私もそんな結婚生活をしてみたかった」

「…………」

「うちの借金は完済されているのでしょう?この短期間に完済するなんて凄いわよね。さすが、由緒正しい名門侯爵家だわ」


 再び調度品に視線を移したお母様。


「……もう少しくらい援助してもらえないのかしら」


 予想通りの言葉がお母様の口から出た。

 聞かれた。恥ずかしい。――そう思い、私は咄嗟に壁際で控えていたトニアのほうへ視線を送った。

 トニアの顔は見ることができなかったけど、トニアはそっと部屋から出て行ってくれた。


 応接室の中でお母様と二人きりになったけど、喉が締まったようにすぐには声が出なかった。


「聞いているの?少しくらい援助してくれないかしら」

「――勝手に出て行って、連絡しても返してこなかったのはお母様なのに。急に帰ってきたと思ったら、いきなりそれ?恥ずかしくないの?」


 私の言葉に一瞬間が空いた後、お母様は叱られた子供のように、少し口を尖らせて拗ねたように言った。


「……なによ。お父様とは離婚していなかったのだから、自分の家に戻っても良いでしょう?別に……。それよりも、自分だけこんな贅沢な暮らしをして、家族はまだ貧しいままなんて、薄情じゃないの」

「何を言ってるの?これらは私の財産じゃないもの。援助できないに決まっているじゃない」

「わかっているわ。だけど、援助してって頼んだことはあるの?」

「ないに決まっているでしょ!」


 私は恥ずかしくて、情けなくて、涙が出そうだった。

 贅沢に憧れていても、ここまで俗物的な人ではなかったと思うのに。

 お母様は、実家の借金が完全になくなったと知って、さらにフェリクス様からの援助を期待して、自分の実家である男爵家にいるよりも良い暮らしができるかもしれないと期待して子爵家に出戻ったようだ。


「言ってみたら援助してくれるかもしれないじゃない。ねぇ、お願いしてみてちょうだい」

「帰って」

「なによ。今来たばかりじゃない。ねぇ、セレナ――」

「帰って!もうここには来ないで!」


 自分の母親が、あんな人だったなんて……。

 お金は人を変えると言うけれど、それを体現していた。

 自分の母親を幻滅したくないのに。


 最近、フェリクス様の帰りは遅い。ロイのことと並行し、領地で何かあったのかここのところ本邸に寄る回数も増えていた。

 きっと今夜も遅いはず。

 予想通り、遅くなるとのメッセージカードが届いたとき、結婚して初めて顔を合わせないでいられることにほっとした。


 お母様に乱された心がまだ落ち着けられていない。

 きっとフェリクス様なら私の様子が変だと気づいて、何があったのかと聞いてくる。

 だけど、フェリクス様にお母様がお金の無心をしにきたなんて、知られたくない。


 ……お母様が出戻った理由が、本当にお金の無心をして自分も贅沢な暮らしをすることを目論んでのことだとしたら、一度で諦めるとは思えない。


 ベッドに横になりながら考えていると、フェリクス様が帰ってきてしまった。

 出迎えるべきか迷って、寝たふりをした。

 私の隣に横になったフェリクス様は、指の甲ですりすりと頬に触れてきた。


「久しぶりに寝たふりしているの?もしかして、キス待ちかな?」


 言うなり、目元にキスされた。

 以前、寝たふりをして様子を窺ってみたら、寝たふりをしているのがばれていて、顔中にキスの雨を降らされたことがあった。

 今回も、私が寝たふりをしていることがすぐにばれてしまったらしい。


「……おかえりなさい」

「うん。ただいま」


 優しく微笑むフェリクス様の顔を見ていると、涙腺が緩む。

 自分の母親が変わってしまったことが、思っていた以上にショックだったみたいだ。

 甘えられる人の顔を見たら、泣きそうになってしまう。

 おでこをフェリクス様の胸元に擦り付けるようにして誤魔化し、顔を伏せた。

 私がただ甘えていると思ったのか、くすりと笑い声を漏らしながら、優しく抱きしめ、頭を撫でてくれる。

 フェリクス様のいつもと変わらぬ様子に、固くなっていた心がほぐれていく。


「今日は子爵夫人、お義母様が訪ねてきたんだって?」

「っ」


 私が一瞬身を固くしたのがわかったのか、体を離したフェリクス様は私の顔を覗き込んで「ん?」と促してくる。


「はい。母は、実家に戻ってきたようで」

「あ。そうなんだ。よかったね」

「……はい」

「お元気そうだった?」

「はい。見ない間に年を取ったなと思いましたが、元気そうでした」


 元気どころではなかったけど……。


「それはよかった。……寝ようか。もう遅いしね」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ、セレナ」


 夜遅かったからか、深く聞かれなくて助かった。

 フェリクス様には知られたくないと思ったけど、きっとトニアが報告しているだろう。

 知っていても、聞かなかったことにしてくれているのかもしれない。

 フェリクス様の寝息を聞いていると少しずつ気持ちがほぐれていき、気づけば眠っていた。


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