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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第四章

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 昨夜――正確に言えば既に今日になっていたが、倒れ込むように眠ったから眠る直前にかけた二つの魔術が不完全だったのだ。

 中途半端に魔術がかかっていたせいで、外からは入れても中からは出られない状態になってしまったのだろう。

 そのことを自分でも確かめるためにドアのほうへ足を進めると、女がビクッと肩を揺らした。

 その反応を見て、確かに夜這いしてくる女たちと反応が違うから、嘘は吐いていないのだろうと感じた。


 恋人の部屋と間違えたと言ったか。

 夜中に部屋に呼ぶような関係なら、部屋替えがあったことくらいしっかり連絡しておけばいいものを。


「……確かに。ドアノブが回るだけで開かないな。理由はわかった。これは俺のせいだろう、すまない」

「あの、本当にドアノブが回るだけで開けることができなかったんです!何か思惑があって侵入したわけではないんです!本当なんです!」

「それはもうわかった――――……何してる?早く出て行ってくれ」


 俺が失敗した魔術を解き、ドアを開けて押えていると、女はポカンと呆けたまま俺を見上げてくる。

 あっさり帰らせてもらえるとは思っていなかったのか、それとも開かないドアがあっさり開いたからか、戸惑っているようだった。


「早く立って出るんだ。人に見られる」

「っ!は、はい。――きゃっ」


 女はずいぶんと慌てて立ち上がったため、お仕着せのスカートの裾でも踏んだようでつんのめった。

 直ぐ側にいた俺に抱きつくような姿勢になる。


「……大丈夫か?」

「はい!すみません!」


 片手でドアを押さえたまま、視線を送ると女は顔を赤くし、慌てて離れた。

 その後、女は部屋を出てすぐに「し、失礼します!」と会釈をして、逃げるように足を進めた。

 だが、執務エリアの奥へと進もうとしたので「逆だ」と声を掛けると、慌てて方向転換し、俺の前で「す、すみません」とまた会釈をし、小走りで去って行った。


 いつもの俺なら、女を部屋から追い出した瞬間にドアを閉めているが、その日はあまりにも怯えて慌てている女の様子に憐憫の情が湧き、そのまま見送った。

 俺の魔術失敗が原因でもあるし、少し申し訳ないと思いながら。


 女が角を曲がり、そして早朝でまだ静かな廊下に慌てた様子のパタパタという足音が遠ざかっていくのを確認してから、俺は部屋の中に戻った。


 空が白み始めたばかりで、誰もいないと思っていたが、このとき見ていた者がいた。

 思えば、俺は微かな物音で目を覚ましたのだが、彼女がどうにか出ようとドアノブを回していた音だったのだろう――そんなことを思いながら俺は始業ギリギリまでまた寝た。


 そして俺が起きたときには『フェリクスが部屋に下級メイドのテレーザ・ヘンウット男爵令嬢を連れ込み、早朝にこっそりと帰していた。しかも、名残惜しげに抱き合い、姿が見えなくなってまで見送り、彼女が去った先をしばらく見ていた』という噂がすでに城内に広がっていた。


 そのとき初めて彼女の名前を知った。

 噂を否定しようかと思ったが、未婚の女性が恋人の部屋に行くはずが別の男の部屋と間違えたと知られてしまうのは避けたほうがいいだろうと考え、噂を無視した。

 俺が否定しなくても、彼女の恋人はわかっているだろうし、問題ないと思っていた。


 まだまだ飽くことなく人々が俺と彼女の噂をしているとき、遠目に彼女を見たが、やけに憂い顔をしていた。

 少しだけ興味本位で、俺の前にあの部屋を使用していた男が誰だったのか調べると、平民の魔術師だとわかった。

 だが、彼女の恋人と思われる魔術師はすでに城から去っていたことがわかった。

 俺には関係のないことだと思いつつ、二人はもしや別れたのではないかと思った。

 それは、俺が魔術に失敗したせいだろうか……。

 城に部屋を与えられるということは平民でもかなり優秀なはずで、辞める人は滅多にいないのに……と気になっていた。


「ヘンウット男爵が現れて、ロイの父親はあのときの魔術師ではないかとすぐに思った。だけど、ロイの色合いがその魔術師とは一致していなかった。だから、慎重に調べなければならなかったんだ」


 自分の思い浮かべた人物と子供が似ていなければ、他の男の子供の可能性を考慮するのが普通だ。

 父親が誰なのか突き止めなければ、また言いがかりを付けられかねない。

 セレナを安心させるためにも、確実にする必要があると考えた。


「居場所のわからなかったテレーザ・ヘンウットが、あのときの魔術師の所にいるとわかって、それで間違いないと確信した」

「そうだったのですね。薄情だとおもいませんよ。ロイのためにちゃんと考えてくださったじゃないですか」


 セレナに軽蔑されていないとわかりほっとする。


 残る問題としては隠し子の噂が残っていることだ。

 世間では真偽不明の噂ではなく、確定情報のように言われている。

 セレナがロイといるのを見た人から『噂は本当だった。フェリクス様に似ている子と夫人が一緒にいた』とさらに噂が広まったからだ。


「今ある噂だけど、改めて否定しようと思う。ただ、ロイが父親の色を引き継いでいないから、正しい情報を流しても信ぴょう性に欠けると思われるだろう」


 俺は、噂というのは言いたいやつには言わせておけばいいとずっと思っていた。

 ただ、結婚した今、セレナにも累が及ぶ。

 今回のことでそれがよくわかった。

 テレーザ・ヘンウットとの噂も、当時俺が否定しなかったから二人が別れることになったのだろうし、五年も経ってから今回の噂に信ぴょう性を与えることになるとは思わなかった。

 それでセレナのことを悪くいう者が現れるまでになるとは……。

 セレナのためにも、今回の噂はなんとしても対処しなければならないだろう。


「今後は噂が立ったらその都度、否定や訂正をしようと思う。もしも、セレナを悪く言う人がいたら教えて」


 ……ロイが屋敷を抜け出した日にセレナのことを悪し様に言っていた令嬢たちは、口は災いの元だと今ごろ理解しているはずだ。

 手を回したことをわざわざセレナに言うつもりはない。

 セレナには汚い感情を見せたくないし、そういうものには触れず、廉直なまま生きていってほしい。


「今回はロイの父親の特定に時間がかかったため、噂が独り歩きしてしまった。すぐに正しい情報を流すけど、否定しても自分に都合のいいことや信じたいことしか信じないやつもいるから、正直難しいと考えている」


 ロイの髪と目の色から、俺が父親と言われたほうがしっくりくる。新たに別の情報を流しても、そう簡単には覆せないだろう。


「……テレーザさんから違うって言ってもらえたらいいんですけどね」


 テレーザ・ヘンウットにか。

 悪くないが、影響力のない彼女が周りに言った程度で払拭はできないだろう。もっと効率よく広めなければ、途中で歪曲しそうだ。

 だが、ヘンウット男爵が浅知恵で行動しなければセレナに無駄な心配を掛けなくて済んだのだし、男爵に償わせなければ……。


「……あ」

「え?」

「ううん、なんでもないよ」


 にこりと微笑むと、セレナは黙ってグラスを傾ける。

 セレナの一言で男爵ができる償いを思いついた。

 ヘンウット男爵自ら、勘違いしていたと誤りを認めて謝罪しに来た態で、また城に来てもらえばいい。ロイのことを言いに来たときのように、大勢の前で派手に許しを乞うてもらおう。

 元凶である男爵本人の口で噂を訂正することができる。

 俺が圧力を掛けたと考えるやつもいるだろうが、自分の意思で慌てて謝罪しに来たように見せることは充分可能だ。

 男爵への罰にもなっていいだろう。


「――それにしても、本当にこんなふうにセレナと酒を飲むのはずいぶんと久しぶりな気がするな」


 最近バタバタしていて、実際の時間経過より早く感じる。


「そうですね。十日程度だったのに。これで明日からはもう少しゆっくりできるようになる?」

「あー、いや。まだもうしばらくかかりそう……かな」


 実は、まだセレナに言えていないことがある。

 できれば言わずに解決したかった難題が残っている。

 だけど、セレナから話さないことで『気を揉んだ』と言われたら、話すべきだろう。

 俺が尻すぼみな言い方をしたからか、セレナが窺うようにじっと顔を見てくる。


「お仕事とはいえ、あまり無理しないで。心配だから」

「……ありがとう」


 セレナが敬語ではなくなり始めると、酔い始めたサインだ。

 結婚後、俺に気を許し始めてから酔うとこうなるようになった。

 俺にだけ見せてくれる秘密のような気がして、可愛くてたまらない。


 話が逸れてしまったが、難題について話すべきかどうかの結論はひとまず先延ばしにすることにした。

 話すにしても、今ではない。

 今は久しぶりにセレナとの時間を楽しみたい気分だ。


「ロイ、大丈夫かな……」

「大丈夫だ、きっと」

「ん。ほんとに、この十日間はなんだか濃い日々だったような気がするわ」

「屋敷の中が一気に賑やかになったからね。振り回されもしたし」

「ふふふ。でも、急に静かになって、少し寂しい……」


 眉を下げるセレナを抱き寄せると、素直に体を預けてくる。


「私たちにも家族が増えたら賑やかになるかしら」

「……子供か…………」

「フェリクス様?」

「あ、うん。そうだね」


 セレナはそろそろ子供が欲しいと思っているのだろうか。

 俺は……――――


 ふと視線を感じて見ると、上目遣い気味になっているセレナにじっと見られていた。


「考え事?お仕事まだ大変なの?」

「あーうん。もう少し……」


 つい目を逸らしてしまった俺を、不思議そうにセレナが見てくる。

 俺は誤魔化すように「さっきの話だけど、俺はもう少しセレナと二人だけの時間を過ごしたいな。まだもう少しね」とセレナに耳打ちした。

 その意味を理解したのか、セレナは少し照れたように顔を伏せる。

 その後、俺の耳元に顔を寄せ、小さな声で囁いた。

「私も」と――――


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