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私は思わず、この人がフェリクス様と噂になったテレーザさん……と観察するように凝視してしまった。
(綺麗な人……スタイルもいいし……)
私の腕の中にいたロイが小さく「ぁ……」と声を漏らすと、テレーザさんは顔をくしゃくしゃにしてロイ目掛けて一直線に走り寄る。
私から奪い取ってロイを抱き締めた。
「ごめんね、ロイ!約束より遅くなってしまって。でももう大丈夫!約束通りお父様と一緒に住めることになったわよ!」
「……ほんと?ほんとに?おかあさま、ほんとうにおとうさまといっしょ?」
母親が迎えに来てくれたことを泣きそうな顔で喜んだロイが、テレーザさんの言葉を飲み込むと、先ほどまでとはまた違う喜色満面になり、何度もテレーザさんに確認する。
「もちろん!これからはお父様とお母様の三人で住むの!」
「やったぁ!」
「本当か?テレーザ!よくやった!」
テレーザさんの言葉を受けてロイが喜ぶのはわかるけど、どうしてヘンウット男爵まで喜んでいるのか。
テレーザさんが言う『お父様』とは、ロイの父親であって、ヘンウット男爵のことではないだろうに。
……だけど、話の流れからすると、フェリクス様とテレーザさんとロイの親子三人で住むことが決まったような言い方にも聞こえる。
私が一瞬動揺すると、落ち着かせるかのようにフェリクス様が手を握ってきた。
見上げると、優しく微笑まれる。
「大丈夫。心配いらないよ。――――マルセロ。連れてこい」
フェリクス様から指示を受けたマルセロは応接室を出て、すぐに一人の男性を連れてきた。やけに背が高いけど、猫背で頬がこけて、痩せている男性だった。
応接室に申し訳なさそうに入ってきた男性にテレーザさんが駆け寄り、ロイに向かって「この人がロイのお父様よ!」と言う。
「おとうさま……?」
「そう!ね?素敵な人でしょう?ロイのお父様よ!」
その言葉を受けて私はまじまじと男性を見てしまった。
ロイから聞いていた父親像と、その男性はかけ離れていたから。
一致していることと言えば、『せがたかくって』と言っていたところくらいか……。
失礼だけど、(フェリクス様とは似ても似つかないじゃない!)と思ってしまった。
だけど、これこそが恋の魔法なのだろう。テレーザさんには、この男性がそれほど素敵に見えているのだ。
私が妙に感心していると、テレーザさんとヘンウット男爵が言い争いを始めていた。
「テレーザ!お前は何を言うんだ!?今からでも遅くない、訂正しなさい!」
「お父様、フェリクス様はロイの父親ではないと何度言ったらわかるの?」
「何度って、お前は思わせぶりな言い方をしていたじゃないか。だから私はこの子の父親はハーディング侯爵なのだと……。それが、こんな男だなんて私は認めないぞ!」
ヘンウット男爵が自信満々だったのは、男爵にはテレーザさんの言動が思わせぶりに聞こえていたからだった。
それが、男爵の願望からそう感じていたのか、本当にそう振舞っていたのかはわからないけど。
「認めるも認めないも、ロイの父親は彼なの!だいたい、お父様が彼のことを反対しなければこんなことにはならなかったんだから!」
「私のせいだと言うのか!?」
「そうよ!お父様が反対するから、私は彼のところに通って……それなのに、部屋を間違えてしまって誤解されて別れることになったんだから!」
「なっ、何を言っているんだ?」
「部屋替えがあったなんて知らずにフェリクス様の部屋に入ってしまったの!噂が広まって、彼に誤解されてしまったのよ!」
「それは私のせいではないだろう!?」
確かに、それはヘンウット男爵のせいではない。
そんなことまで男爵のせいにするのは少々勝手が過ぎるような。
だけど、ずっと気になっていた噂の真相が少しだけわかって、私はほっとした。
「ええ、それは私が悪かったわ。でも!別れた後でロイの妊娠に気づいたけど、未婚の母というだけでお父様は怒っているし、あんなに嫌っていた男の子供だと知ったら、この子を捨てられてしまうと思ったから、だから勘違いされるようにするしかなかったの!」
「そ、そんな……しかし、ロイはハーディング侯爵の色合いと瓜二つではないか!その男とは似ても似つかない!」
男爵からビシィと指を指された男性は、申し訳なさそうに視線を下げた。
確かに、ロイの父親とされる男性から、ロイは髪の色も瞳の色も受け継いでいない。
さらに言えば、ロイはテレーザさんの髪の色と瞳の色も受け継いでいない。
そういうこともあるけど、両親から色を受け継ぐことのほうが多い。
だから、この両親を前にすると、やっぱり父親はフェリクス様でしたと言われたほうが納得できてしまいそう。
ただ、ロイは癖毛だけど、テレーザさんもフェリクス様も癖毛ではない。
この中でロイと同じ癖毛なのは、所在なさげに佇んでいる父親とされる男性のみ。
なおも何か言おうとしているヘンウット男爵を無視して、テレーザさんはロイを男性の前に立たせて、男性に話し掛けた。
「ねぇ、見て!ロイのこの髪の色、あなたのお父様の髪の色と同じよね?この襟足だけ色が濃くなるのはあなたと同じ。それに、ロイのこの瞳の色、あなたのお母様の瞳の色に似ていると思わない?この髪の毛はあなたと同じ癖毛だし、つむじが二つあるところも同じ。それにほら、この左手の甲に二つ並んだほくろ。これもあなたと同じでしょう?涼しげで切れ長の瞳も、薄い唇もあなたと一緒。あなたに似ているでしょう?」
「……本当に、僕の子なんだね」
「そうよ!だから言ったでしょう?私は浮気なんてしていないし、ずっとあなたを想っていたって!」
その後、テレーザさんが説明してくれた話によると、ヘンウット男爵家は完全に没落する寸前で、男爵は娘の結婚によって再興させたいと思っていた。
そのため、貴族が多く出仕している城で娘を働かせた。城では出会い目的の出仕も多いので、それ自体は特に問題ない。
しかし、テレーザさんが恋に落ちたのは高位貴族でもお金を持っている貴族でもなく、王宮魔術師の平民の男性。
それを知った男爵は、娘の恋を大反対。
平民でも王宮魔術師なら才能のある男性だろうし、出世次第では没落貴族より余程力を持つことになるが、男爵は男性が平民というだけで徹底して反対した。
そこで、恋人と家庭を築きたいテレーザさんは子供という既成事実を作るべく強硬手段に打って出た。
王宮魔術師として城に与えられている男性の部屋へ夜な夜な通ったのだ。
しかしある日、テレーザさんは部屋を間違えてしまった。




