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08

「おはようセレナ。こんなに時間ギリギリなんて珍しいわね」

「おはようパメラ。ちょっとね。あの、後で話があるんだけど良い?」

「ええ。いいわよ。今でも良いけれど?」

「ここではちょっと……後で、ゆっくり場所を移して話したいかな」


 しかし、その日はちゃんと休憩ができない位に忙しかった。

 週末に武術大会があったらしく、朝から騎士や魔術師が破れたりボタンの取れた制服を次から次へと持ち込んだのだ。

 私は知らなかったけど、武術大会後の忙しさは毎度の事らしい。


 王城で働く人間には制服が支給されるが、1人当たり支給される枚数が決まってる。

 しかも、あまり余裕のある枚数ではなく、洗濯をしてぎりぎり回せる枚数なのだ。

 制服を着て成りすます人物が入り込むのを少しでも防止するために、余分に制服を渡してはいけない決まりがある。


 制服をダメにしてしまったり、サイズが変わって着れなくなった場合は、その着れなくなった制服と新しい制服を交換するのが原則だ。

 交換の元になる制服がなく新しい制服を求める場合は、しっかりとした申請書を提出してそれが認められないといけないほど厳しく管理されている。

 交換の場合は交換したい制服を持って針子部屋に来れば良いだけだけど、追加支給の場合は然るべき部署で追加支給を許可する書類を取ってから針子部屋までくる必要がある。

 簡単に追加で頂戴とはならない。


 だから武術大会でダメになった制服は至急新しい制服と交換してあげなければならないし、繕って直る程度ならすぐにお直ししなければならない。


 作業に没頭していたが、肩が凝ったと首をあげると、窓の外は暗くなりはじめていた。

 いつもなら家で晩御飯を食べる位の時間だ。

 侯爵家の使用人に何か言ったほうがよかっただろうか。と考えていると上司が「今日はこの辺で終わりにしよう」と声を掛けてくれて、皆も漸くもう外が暗くなりはじめている事に気が付いた様だった。


「セレナ。乗合馬車の時間、大丈夫?急いだほうが良いんじゃない?」

「あ、うん。大丈夫……あの、パメラ。話なんだけど、今日はもう遅いから明日、明日は絶対聞いてもらっていい?」

「もちろんいいわよ」


(結局、結婚したこと言えなかったな。他人から伝わる前に言わないと)


 明日こそパメラにフェリクス様と結婚したことを言わなければ。

 パメラはフェリクス様に憧れている。

 だからこそ、絶対に自分の口から伝えたかった。噂として耳に入ってしまうのだけは避けたい。

 そうでなければ、王城で唯一と言って良いくらいの友達をなくしてしまいそうだから。


 皆で帰り支度をしていると、針子部屋のドアがノックされた。

 うわ~、まだお直し持ってくる人いるのか……一瞬にしてそんな空気が針子部屋に充満する。


「失礼する」


 そう言って入って来たのは、シルバーブロンドの髪にアイスブルーの瞳を持つ怜悧で美麗な男だった。

 文官ゆえに制服の傷みも少ないため、今まで針子部屋に殆ど来た事がないその男に、針子達全員の視線が集中した。

 帰り支度でざわついていた針子部屋に妙な静寂が訪れる。


(なんで!?まさか、今朝頑なに断ったから、仕返しに!?)


 フェリクス様は部屋中の視線を集めても何も感じないのか、平然とゆっくり視線を巡らせた。

 奥の方にいた私を見つけるとふわりと微笑む。

 その微笑みに、針子部屋にいた皆が目を丸くしてフェリクス様に釘付けになっていた。


「セレナ。迎えに来たよ」


 その甘い声を聞いて針子部屋にいた皆が一層目を丸くする。

 大きな声ではなかったが、突然のフェリクス様の登場に静かになっていたため、その場にいた全員の耳にその甘い声が届いたのだ。


 今すぐどこかに隠れたい気分だったが、今だけ隠れてやり過ごしたとしても……と考えて、覚悟を決める。


「……はい。えっと、皆さんお先に失礼します」


 一礼してから針子部屋を後にした。


 ふたりがいなくなっても、針子たちは暫く動けずにいた。

 暫くしてから誰かが声を発したのをきっかけに絶叫が針子部屋に響き渡り、たまたま近くを通りかかった見回りの騎士を驚かせたのだった。



 馬車に乗り込むと、フェリクス様は当たり前のように隣に座って腰を抱く。

 全く慣れない私は、つい身をよじってしまいたくなるが、必死に我慢した。

 そっと距離を取ろうとすると少し寂しそうな顔をされることに、昨日一昨日の二日間で気が付いたから。


「セレナの仕事はいつもこんなに遅くなるの?」

「いえ。いつもは定時で帰れますが、武術大会があったらしくお直しが多くてこんな時間に」

「なるほど。それはいつ頃まで?」

「どうでしょう?私は、まだ働き出して数ヶ月なので。こんなことは初めてでいつまで続くのか分からないです」

「そうか。じゃあ俺が帰る時間になってもセレナもまだ残っているようなら迎えに行く」


(また迎えに来るの?うーん……。でも、今日で皆にフェリクス様との関係がバレちゃったから一緒かな?でもなぁ……)


「あの、どうして私がまだ残っているってわかったんですか?」

「あぁ。これ」


 首元にフェリクス様の右手がそっと触れる。


「魔力が込められていると言っただろう。居場所が分かるようになっているんだ」

「え……!?」

「心配しなくても四六時中分かる訳ではない。どうしても必要になった時に調べればわかるだけだ。帰ろうと馬車に行くと、御者がまだセレナが帰って来てないと心配していたからな。何かあったかと調べさせてもらった」

「あぁ……そうだったんですか」


(びっくりした。魔石ってそんな使い方もできるんだ。四六時中分かる訳じゃないって事は見張られてる訳ではないんだよね?)



 お互いに着替えをしてから夕食を共にする。

 ふと真剣な顔をしてフェリクス様が顔をあげた。


「仕事は、辞めないのか?セレナが働かなくとも生活は問題ないし、ある程度贅沢もさせてやれるが」


 高位貴族の妻や令嬢が働くのはあまり良い事ではない。

 王妃の侍女など貴族夫人として名誉ある仕事もあるにはあるが、それ以外だと妻や娘が働かなければ生活できないと言っているようなもので、社交界でも高位の貴族では特に恥とされているのだ。

 裕福なのに好んで働く妻は変わり者だと認識されてしまうし、それを許す夫も変わっていると思われやすい。

 だから、本当はすぐにでも辞めるべきなのは分かっている。けど。


「あの。もう少しだけ続けては駄目でしょうか?まだ入ったばかりなのに急に辞めると言うのはどうなのかと。それにこの短期間で辞めると、この仕事を紹介してくれた知人にも迷惑がかかりそうで」

「どうしても続けたい?」

「やっぱり侯爵家の恥になるから駄目でしょうか」


 フェリクス様は一瞬きょとんした。


(変な事を言っただろうか?)


「いや、侯爵家とかそんなことは気にしなくて良い。セレナがやりたいのなら反対はしたくないのだが……でも……」

「でも?」


 フェリクス様はちらりとこちらを見てから、またすっと視線を逸らす。


(??)


「その、針子部屋には騎士や魔術師がよく来ると聞いたんだ」

「はい。制服のお直しに来られます」

「だから、だ」


(何が、だから、なのだろう?)


 思わず首を傾げてしまう。


「~~~だから!他の男と接する機会が多い職場は辞めて欲しい、っ……ということだ」

「え。やき、もち……?」


 フェリクス様はぷいと横を向いて、片手で顔を覆ってしまった。


(そんなに妬くほどまで私の事を?うそでしょ?なんで?……でも、耳まで赤くなって、かわいい)


「フェリクス様。今すぐに、というのは難しいですが、なるべく早く辞めますね」

「……うん」


 そっぽ向いたまま頷くフェリクス様を見て、自然と笑みが漏れてしまう。

 こちらをちらと見たフェリクス様が、少し眉間にしわを寄せてまたぷいとそっぽを向いてしまう。

 その様子をみて、もしかして本当に愛されているのかも?と思うのだった。


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