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【電子書籍化】30歳年上侯爵の後妻のはずがその息子に溺愛される  作者: サヤマカヤ
第四章

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 私には見せないようにしているみたいだけど、最近のフェリクス様は余裕がなさそうで険しい表情をしているときも増えた。

 パメラと話をして、フェリクス様に直接聞いてみようと一度は決意したけど、疲れた様子のフェリクス様を見ていると話せなくなってしまう。

 今朝はあまりにも疲れていたのか起きることができない様子で、遅刻ギリギリで朝食を食べる時間もなかった。

 朝を苦手とするフェリクス様だけど、こんなことは初めてだった。


 心配で玄関まで見送りに出ると「もっとセレナといたい。最近セレナが足りない」と言い出すフェリクス様。


「セレナ、キスして」


 ストレートに言われて、私は怯んだ。

 フェリクス様のこういうところが、今は私だけなのだと安心させてくれているのは確かだし、二人きりならやぶさかではない。

 でも今は使用人の皆がいる。


「してくれなければもう行けない。今キスしてくれたら今日を乗り越えられる」


 いつもなら、私が困っていると残念そうにしながらも『冗談だよ』と言ってくれることが多い。

 でも、今日は懇願するような表情に見え、肩に手を置くと一瞬背伸びをした。


「セレナが頑張ってくれたから俺も頑張ってくるね。愛してるよ」

「い、いってらしゃいませ」


 掠める程度のキスだったけど、素直に出勤していった。

 結婚してから、ここまで疲労の色が見て取れるのは初めてのこと。

 過去の女性関係が気になるという気持ちの問題はどうにもならないけど、それ以上にフェリクス様のために何かしたいとかき立てられた。

 それに、使用人たちもどことなくそわそわと落ち着きがない。

 思ったよりも解決に時間がかかっているロイのことと、フェリクス様の疲れ具合をみて皆も心配しているのかもしれない。


 皆を安心させてあげるためにもフェリクス様を支えたいけど、私にできることが限られていて悩ましい。


 私の持っている癒しの力で疲労を回復させてあげられたら一番いいのだけど、私の力では全身の疲労を取れるほどの力がない。

 私の力量では、せいぜい肩こりなど部分的で軽いものだけ。

 もっと魔力があれば……と思うけど、ないものねだりしても始まらない。


 ただ、フェリクス様は宰相補佐官としての仕事や領主として忙しい日々なので、直接的に手助けできることはない。

 せめてもと、当主の仕事で私が代わりにできそうなことはないかと聞いてみたけど、「ありがとう。セレナは俺のために生きていてくれるだけでいいんだよ。セレナが微笑みかけてくれるだけで、俺の疲れは吹き飛ぶ」と言われてしまった。

 さらっと『俺のために生きて』と言っていたところは、忙しくてもぶれないなと思ってしまった。


 下手に手伝おうとして迷惑を掛けてもいけないし、何かできることはないかと考えていて、思いついたことが一つ。

 そのために、私は買い物に行こうとしていた。


「トニア。買い物に行きたいのだけど……護衛はどうしたらいいと思う?」


 フェリクス様から、外出時は護衛としてマルセロも連れて行くようにと言われているけど、最近はマルセロの姿が見えないことが多い。

 今日も姿を見ていないし、諜報員という本来の仕事中なのだろう。


「外出される場合は『セリオを連れて行ってくれ』と旦那様から指示を得ています」

「さすが抜かりがない。それじゃあセリオにお願いしましょう」


 マルセロがいないなら護衛なしでも出掛けていいかな?と思ったけど、フェリクス様はちゃんと護衛は考えていた。

 セリオは本来、フェリクス様の侍従だけど、当主の侍従だけあり、護衛の能力も長けているらしい。


 外出の準備をし、トニアとセリオと玄関に向かっていると、おやつを食べていたはずのロイが慌てて部屋から飛び出してきた。

 フェリクス様の忙しさに比例して、一度は落ち着いていたつきまといが復活しつつある。

 夜はフェリクス様が帰ってくるまで起きてようと頑張るし、朝はフェリクス様が屋敷を出るのを阻止しようとすることもある。

 今朝も、私を抱きしめるフェリクス様の足にロイがしがみつくという、わけのわからない状態になっていた。


 そして、昼間は私の姿が見えなくなると不安がる。

 買い物からはすぐに戻るつもりだったし、ロイがお菓子に夢中になっている間に行こうと思っていたのに、見つかってしまった。


「どこにいくの?ロイもいく!」

「少しお買い物に行くだけ。すぐに戻ってくるわ」

「ロイもいく!ロイもいくー!」


 困った。

 これから私が行くのは、香油店だ。

 たくさんの香油が瓶に入って、店内に所狭しと並んでいる。

 動き回る子供を連れて行くにはあまりふさわしい場所ではない。

 だから、ロイのおやつの時間に合わせて出掛けようと思ったのに、失敗してしまった。


「ロイ。すぐに帰ってくるからお留守番していてもらえないかしら?」

「やっ!おるすばんやだぁ!……っ……ロイもいくっ……うえぇん」

「泣かないで。いい子にしていたらすぐに帰ってくるから」


 困ったなと思っていると、ロイがどうしてこんなに泣いて我儘を言うのか、すぐにわかった。


「うそだもん!かえってこないもん!ロイいいこにしてたのに、おかあさまかえってこないもんっ!おっ、おいていかないでぇ!やだぁ……うわぁぁぁん!」

「あ……ごめん。ごめんね。ロイ。ごめんなさい。置いていかない。一緒に行きましょう。ね?一緒に行きましょうね。置いていかないわ」


 フェリクス様から、『本邸の前にあの子を置き去りにしたのは祖父で間違いない』と聞いて、ロイの母親は何をしているのだろうと思っていた。

 母親も同じようにロイを利用しようとしているのか、祖父に逆らえないのか――と思っていた。

 まさか、帰ってくると約束して留守番をさせたまま帰ってこなくなったとは……。


 思えば、本邸の前にいたあの日からロイは自分が捨てられたことを理解していた。

(そういうことだったのね…………)


 泣きじゃくるロイを抱きしめると、まだ小さな子供とは思えないくらいに力強く縋り付いてきた。

 心の傷を思い出させてしまって、本当に可哀想なことをしてしまった。


 結局ロイを連れて、私とトニアとセリオと四人で買い物に出掛けた。

 香油店に着くと、ロイは大人しくしてくれた。

 馬車の中で、『これから行く場所は物がたくさん置いてある場所なの。ガラスでできている物がいっぱいだから、ぶつかって落としたら割れてしまうの。壊したり怪我をしたら困るから、お店の中では大人しく待っていられる?』と言うと、ロイは神妙な面持ちで頷いた。

 今は店の奥にある椅子に座り、セリオと一緒に手遊びをしている。セリオは子供をあやすのが上手く、ロイは結構懐いていた。

 今回買う香油はフェリクス様のマッサージに使おうと思っている。

 店員にお勧めされるがまま、香油の香りを嗅ぎ、成分の説明を受ける。


 寝付きをよくしてくれる成分の入った香油を買った。

 何種類かの香りがブレンドされていて、爽やかな香りの中に少し甘さもある。フェリクス様に合いそうな香り。

 癒しの力を使いながらマッサージしたら、疲れを取るほどではなくても癒されるはず。


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