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「パメラ!久しぶり!」

「セレナ!すっかり上品な奥様らしくなったわね!素敵なお屋敷だし、どこからどう見てももう貧乏には見えないわ」

「やだぁ、ふふっ」


 パメラに悪戯っぽく笑われて、笑ってしまった。


 ――――フェリクス様を信じる気持ちを再認識したのに、アルマから聞いたフェリクス様唯一の恋の噂の相手を知りたいという気持ちも強くなってしまった。

 軽い感じでフェリクス様に直接聞いてみようかと思ったけど、フェリクス様は最近本当に忙しそうで、時折思い詰めたような表情もしている。

 ゆっくり話を聞く雰囲気でもないし、噂という不確定な情報で煩わせたくもない。


 信じる気持ちは強いのに、漠然とした不安も残っていて、矛盾した気持ちが私の中に混在している。

 きっと、フェリクス様の恋の噂の相手がただ一人だったというのが、効いているのだろう。

 良くないと思いつつ、相手の女性について知っていそうなパメラに探りを入れるために、わざわざ別邸に呼んでしまった……。


「あの、今日は急に誘ってしまったし、おもてなしにランチを用意したの。たくさん食べていってね」

「わぁ、嬉しい!それじゃあ遠慮なくいただくわ」


 ……聞きたいことは決まっているのに、やましい気持ちがあるから、どうやって切り出したらいいのかわからない。

 できるだけ自然に聞き出せないものか。


「ねぇ。セレナ」

「ん?」

「いきなりこんなことを言うのはあれだけど、思ったより元気そうね」


 パメラは今も王城で針子をしているし、フェリクス様の噂も聞いているのだろう。

 アルマ以上にいろいろな噂を耳にしているのかもしれない。


「今日誘われたのは、やっぱり悩んでいるのかなって。どうやって励まそうかと考えながら来たのよ。でも、杞憂だったわね。顔を見て安心したわ」


 にこりと笑い掛けてくれるパメラ。

 私が針子を辞めてからは手紙のやりとりをする程度だったけど、パメラも心配してくれていたんだと思ったら、いまさら取り繕うのは無駄だと思えた。


「思い詰めると言うほどではないんだけど……。実は、パメラに聞きたいことがあって」

「なぁに?」

「……前に、フェリクス様が唯一噂になった令嬢がいたって、パメラから聞いたことがあったじゃない?」

「そんなこと話したかしら。でも、それはあくまでも噂で。気にすることないわよ。セレナを見たらわかるもの。フェリクス様にちゃんと大切にされているんだって。不安になることはないわよ。大丈夫!」


 力強く励ましてくれるパメラに心が温かくなる。

 パメラは噂を知っていてもそこまで気にしている様子がない。

 それが力強く背中を押してくれるような気がする。


「ありがとう。フェリクス様のことは信じているのだけど――」

「あら、そう。ごちそうさま」

「あっ、今のは惚気じゃなくてね。それとこれは別というか……」


 パメラは「充分惚気だと思ったわよ。羨ましい」と笑ってから、続きを促してきた。


「信じる気持ちと過去の女性関係を知りたい気持ちは別の感情というか……」

「あぁ、なるほど。独占欲ね」


 独占欲――あっさりと指摘されて、過去にまで嫉妬して独占したいと思っているなんて恥ずかしくなった。

 夫婦とはいえ、別の人間。

 過去から未来まで全てを独占するなんて無理なのに。


 だけど、その通りだった。

 フェリクス様から愛されている自信を自覚してから、私より前にフェリクス様の肌の温もりを知った女性がいるのかもと思うだけで嫌だし、私だけであってほしいと思う気持ちが強くなった。

 他の人にもあの甘い微笑みを向けて愛を囁いたのか……本当にあるかどうかもわからない想像をしただけで、胸が痛い。


 信じていると言いながら、本当に矛盾している。

(これでは信じているとは言えないかも……)


「別に普通のことだと思うわ。自分の愛する人には自分だけであってほしいと思うのが普通よ。理屈じゃないわ。だけど、過去の噂についてはいまさらだし、知ってどうにもなるものじゃないわ」

「それはわかってる。だけど、気になって……」


 私が思わず視線を下げて言うと、パメラは嘆息した。


「まぁ、その気持ちも自然なものよね。わかったわ。そんなに知りたいなら教えてあげる」


 そして、パメラは話し出した。


 あるとき、城でメイドとして働くとある令嬢が朝方にフェリクス様の城の部屋からこっそりと出ていくところが目撃された。

 フェリクス様は周囲を警戒しながらも別れ際に二人は抱き合い、令嬢の姿が見えなくなるまで見送りをしていた。

 当時、フェリクス様の部屋に忍び込む平民のメイドなどがいたことも、当然すぐに冷たく追い出されていたことも周りは知っていた。だけど、そのメイドは下級とはいえ貴族だからか朝まで部屋に滞在していたことが、驚かれた。

 別れ際には抱き合っていたこと、フェリクス様が見送りまでしていたこと、さらにフェリクス様の気だるげな様子も伝えられ、これは完全に恋人では?と噂になった――――


「その後は二人が一緒にいるところを見る者がいなかったのもあって、すぐに噂は消えたわ」

「……そう」


 あのフェリクス様が、知らない人を朝まで部屋に留め置くことはしないだろう。

 ということは……。


「当時は、フェリクス様ファンとして少し複雑だった。だけど、今となってはあの噂は嘘で、恋人関係になかったと思っているわ」

「どうして?」

「フェリクス様の表情や態度を見たらわかるわよ。いつもクールなフェリクス様も、本当に愛しい人の前では愛情が隠しきれないのねって、セレナといるときのフェリクス様を見て驚いたもの。むしろ、セレナへの独占欲は隠そうともせず、周囲に牽制しまくっていたことを知っているから。例の女性とは、噂が出た後もフェリクス様は無関心そうだったし、全然違うわ!」


 パメラは、「だから大丈夫よ。フェリクス様ファンが言うんだから間違いないわ」と胸を張り、自信ありげに笑った。

 自分が愛されている自身があると自覚していても、少し恥ずかしくなってしまった。


「あっ。それにね、当時思ったのよ」

「何を?」

「噂の内容が結構詳細だけど、あのフェリクス様が見られていることに気づかないことなんてあるのかしら?って。だから、作り話の可能性が高そうと思っていたの」


 確かにフェリクス様ならすぐに視線に気づきそう。

 噂の内容からすると、結構長い間見ていたことになるし。


「だから、セレナと接しているフェリクス様を見たときに、あの噂はやっぱりでっち上げられたんだと思ったのよね」

「そう……」

「直接聞いたらいいわよ。もう夫婦なんだし」

「そうよね……」

「大丈夫。きっとちゃんと向き合ってくれるわ」


 過去が気になるのは変わらないし、割り切った関係ということも……と思ったけど、パメラに励まされてモヤモヤしていた気持ちが少し晴れた気がした。

(そうよね。夫婦なんだし、聞いてみよう)

 


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